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⑩‐5

しかし、僕の目の前で、見知らぬ手が先に筒を掴んだ。 「……!」 悠然とそれを拾い上げると、その人は僕のことなど見もせずに鳥海先輩に向かって歩き出す。 「駄目じゃないですか、こんな大事なものを落としちゃ」 笑顔で鳥海先輩に卒業証書の筒を手渡したのは、徳田先輩だった。 驚いた表情のまま固まっている鳥海先輩に徳田先輩は話を続ける。 「正門前で待ってるってお伝えしたのに、どうして帰っちゃったんですか?」 僕はただ、ふたりの様子を遠くから見つめることしかできない。 「私、わかってました。人の多いところは苦手だって仰ってた鳥海先輩が、三年になってからどうして人のごった返すあの図書館で受験勉強をなさってたか」 僕の居る所までは二人の会話はよく聞こえてこなかった。 徳田先輩の背中と、困惑し眉を顰めた鳥海先輩の顔が見えるだけだ。 そのとき、徳田先輩がゆっくりと振り返る。 そして僕の顔を見ながら一際大きな声を出した。 「私、それでも鳥海先輩の事が好きです」 「!」 徳田先輩のその言葉に、僕は思わず下唇を噛んだ。 僕の気持ちを……、伝える? 僕は膝から力が抜け落ちていく感覚を味わいながら自嘲する。 何馬鹿な事考えてたんだ。男の僕が想いを告げて何になる?  鳥海先輩を困らせるだけだ。 それに、ここからこうして並んでいる二人を見ていると、自分の場違いさがよくわかる。 これで……よかったんだ。 事故は起きなかったし、何より先輩が無事なんだし。 僕は居たたまれなくなって、踵を返すと、逃げ出すように走り出した。 「榛名くんっ!」 鳥海先輩の鋭い声が追いかけてくる。 けれど、込み上げてくる涙の意味を知られるのが怖くて、僕はギュッと目を瞑って全力で走り続けた。 次の瞬間だった。 『キキキキーーーーーーーーーッ!!』 急ブレーキの音。 激しい衝突音。 鉄臭い匂い。 そして生温かい血液の感触。 青い空に舞い上がる赤い風船。 「榛名くん、榛名くん!」 そうだった……。 肝心なことをやっと思い出した。 『一回目』、卒業証書の筒を追ってトラックに撥ねられたのは、僕だった。 「榛名くんっ、榛名くん! 榛名くんっ……!!」

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