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⑫ぼくのサンタさん
書店にとってクリスマスは、一年の中でも一、二を争うほどに忙しい時期だ。客足の増加だけではなく、プレゼント包装の需要が増えるせいで、忙しさが増す。ひとりの客が複数個の包装を依頼することも多く、とにかくここ一週間ほど、俺は本を包んで包んで包みまくった。
そんな、怒涛のプレゼント包装地獄から解放されたクリスマス翌日のことだった。
「今、お時間よろしいですか?」
レジに立つ俺の前に、堅苦しい言葉からはおよそ連想できない、マッシュルームのような黒髪をした少年がひとり、立っていた。小学二、三年生くらいだろうか。青いフレームの眼鏡の奥から、まっすぐな瞳でこちらを見上げている。
「は、はい、なにか……?」
探している本でもあるのだろうか。戸惑いつつも返事をすると、少年は警戒するかのようにあたりをきょろきょろと見回したあと、俺に向かって少し背伸びをした。
「僕、知ってます」
潜めた声だった。少年はなにか重大な秘密でも抱えているかのように緊張した面持ちをしている。
「え? なにを?」
俺が首を傾げると、少年は再び左右を警戒する。店内の客はまばらで、レジ周辺には俺と少年しか居なかった。
「僕、知ってるんです、あなたがサンタクロースだってこと」
「……え!?」
声が裏返った。
「サンタ? 俺が!?」
自分の顔を指差しながら、俺は素っ頓狂な声を上げた。
なんの冗談だ?
俺は本屋でバイトするただの大学生だぞ?
「いやいやいや、」
俺はすぐさま笑い飛ばそうとしたが、少年はあくまで真面目な顔つきのまま、中指でクイッと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「大丈夫です。あなたのその反応は想定内です」
少年はそう言って、おもむろに背負っていたリュックを下ろし始めた。
「あなたがすぐに正体を明かしてくれるとは最初から思っていません。ここに動かぬ証拠があります」
リュックから取り出されたのは黒い画用紙だった。その中央にはセロハンテープの切れ端がふたつ、横に並べて貼られている。上部にはそれぞれ、①、②と数字が銘打ってあった。
「こちらを見てください。まずこの①のセロハンテープですが、半年前の僕の誕生日に、この本屋さんで買ってもらった図鑑の包装紙に付いていたものです。僕は図鑑を包むあなたの姿を見ていました。よってこのテープに付着している指紋はあなたのもの、ですね?」
俺が包装していたのなら、テープに付いているのは俺の指紋だろう。
「え、は、はい……」
まるで刑事に尋問される犯人のように神妙に頷きながら、俺は少年が指差す使用済みのセロハンテープをよく見てみた。なるほど、黒い画用紙に貼られているおかげで、白い指紋が付着しているのがよくわかる。
「では、次です。今朝、僕の枕元にサンタさんからのプレゼントが置かれていました。その包装紙に付いていたセロハンテープが、この②です。ちなみに、プレゼントの中身は僕がずっと欲しかった『横島名人の将棋入門』でした」
「ほ、ほう……」
少年が指差す②のセロハンテープにも指紋を見ることができた。
「この①と②のセロハンテープを重ね合わせると……、見事に指紋が一致しました! ということは、」
そこで少年は自信満々に、俺の顔に向かって人差し指を突き付けた。
「あなたが、サンタクロース、ということですね?」
「え、うえええっ!」
俺は思わず大声を出してしまった。慌てて、こちらに視線を寄越した客に「すみません」と頭を下げる。そして少年に顔を近づけ、声を落とした。
「そ、それはね、ま、もちろん、俺が包んだから」
昨夜までに俺が数えきれないほどに包装したプレゼントのひとつが、この少年に贈られたのだろう。
「やっぱり! あなたがこのプレゼントを用意してくれた。すなわち、サンタクロースだということですね!」
少年の目が一気に輝いた。
「い、いや、そうじゃなく……!」
俺はしどろもどろになって言葉を探すが、少年は俺の話なんか聞いちゃいない。
「クラスメイトはみんな、サンタクロースなんて居ないって言うけど僕は信じてました! そっか……! サンタさんって、普段は本屋さんで働いてるんだ! それはかもふらーじゅ、ってやつですか? あ、サンタさんが世界中の子供たちに送るお手紙は、そちらのパソコンで書いたものなんですか?」
夢中になって喋り続ける少年は在庫検索用のパソコンを指差す。
「え、えっと……」
「そういえば、僕が用意していたクッキーと牛乳はお口に合いましたか? 全部空になってたから美味しかったんだと思うけど……」
もじもじしながら少年が俺の顔色を窺う。
「あ、あの……ね、」
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