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第1話

ケント・フジタ。  日系アメリカ人。  エキゾチックな顔立ちと高身長、そしてバランスの良い頭身を活かして十代の頃よりメンズモデルとして活躍。  二十三歳の頃、ハリウッドの某有名監督のオファーを受けて映画の端役としてデビュー。スクリーンに映ったシーンは片手の数ほどであったが、華のある美貌と高い演技力が評価され、一躍時のひととなった。  その後はモデル兼俳優として活動し、そして二十九になった今年、満を持してハリウッド主演の座が舞い込んできた、というわけである。  しかも一人二役という難しいオファーで、ケントはただでさえプレッシャーのかかる主演に加え、二人の人間を演じ分けなければならないという重圧をその背に抱えることとなったのだ。    ケントは東京のホテルに着くなり、とりあえずベッドに大の字に寝転んだ。  おしゃれな天井のインテリアがキラキラと光って見えている。こういった高級ホテルは日本も本国もあまり変わらない印象だ。  ケントは仰向けのまま、はぁ、と大きなため息をついた。    今回の訪日は、空港で記者が言った通り、役作りが目的だ。ケントの演じる人物のひとりが、日本生まれ日本育ちという設定だからである。    しかし、ケントはなにも日本という国を見るためだけに極東くんだりまで来たわけではない。  初の映画主演、初の一人二役というこの仕事を受けたときから、ケントにある『深刻な症状』があらわれていた。  原因は明らかだ。  ストレス、である。  ケントはそれでも踏ん張った。  しかし、体に起こる症状は悪化する一方で、ついには日常生活に支障が出るほどとなった。  ケントに発現した症状は、サチリアジス……つまり、性欲が異常な亢進状態になる、色情症であった。  この症状を発症してからケントは、ちょっとしたことで勃起するようになってしまった。  しかも、一度興奮状態になると中々治まらない。何発抜いてもまた勃起する。脳が、異常なまでの性欲に支配されてしまうのだ。  ストレスでまさかこんなことになるとは……とケントは絶句した。  とりあえず心療内科を受診してみたが、処方された安定剤も効果がなく、カウンセリングも効かない。  ケントには現在パートナーがおらず、エレクトしたペニスを慰める役目は自身の右手か、もしくは商売女を買うかであったが……しかし、家に呼んだ女が万が一パパラッチに漏らしでもしたら、ケントの俳優生命は終了だ。  ハリウッドスターのアソコは暴れん棒、みたいな下品な見出しを付けられて、女と乱交している合成写真をバラまかれ、あることないことを書き散らかされる未来しか見えない。    ケントは暗澹たる思いで自宅に引きこもった。  外を歩いているときに勃起でもしたらと思うと、うかつに外出もできなかった。  そんなケントに助け舟を出してくれたのは事務所の社長だ。  社長も男なのでケントのつらさを理解してくれた。  その上で彼は、伝手を辿って、遠く離れた日本の売春宿につなぎをとってくれたのである。  ただの売春宿ではない。  そこは、日本国内でも限られた者しか足を踏み入れることができないという、特別な場所で。  目玉が飛び出そうなほどの金を積まなければ遊ぶことのできない、超高級娼館なのだった。    社長は旅費を含めたすべての金を経費で出してやる、と言った。  遠慮するケントの肩を叩いて、 「ストレスから解放されて、充分に羽を伸ばしてきたまえ。きみの演技を、世界中のひとが待ってるよ」  と、社長が不器用そうなウインクをくれた。  斯くしてケントは、役作りという名目で日本の地を踏むこととなったのである。    ケントはホテルのベッドに寝ころんだまま、ごそごそとポケットを探り、そこからてのひらサイズのカードを取り出した。  それは社長が手に入れてくれた、インビテーションカードで。  上品なしっとりとした黒色の紙に、銀色で『淫花廓』という三文字の漢字だけが書かれたものだった……。

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