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第3話
ケント・フジタの祖父は日本人で、両親はともに日本びいき。
そんな中で育ったケントは日本語が堪能だ。ついでにちょっとした漢字なら読めるし、日本の歴史にもある程度精通している。
そのケントは、社長からもらったインビテーションカードを手に、現代の遊郭と呼ばれる淫花廓という場所を訪れた。
此処は、社会的地位の高いものがよく利用するという売春宿で、それ故に秘密の保持およびプライバシーの確保が約束されている。
ケントは今日から三日間、淫花廓に流連 することが決まっており、初回からそれができるのはずいぶんと特別なことなのだと後から知った。
ケントを乗せた車は都会の喧騒を離れ、奥まった小さな道路を通り、赤い欄干の山なりの橋を渡って木々の間を縫ってゆくと、川を挟んで並び立つ二つの建物の、その大きな方の前で止まった。
すぐに黒衣の男が歩み寄ってきて、車のドアを外から開けてくれた。
ケントは男の顔を見てぎょっとした。彼は能面(だろう、恐らく)をかぶっていたのだ。
よく見ると、他の黒装束の男たちも皆、面をつけている。なるほど、世界観を演出しているのだな、とケントは思った。
古い旅館のような純和風の建造物。黒衣の能面姿の男たち。俗世から隔絶された場所だという印象を、ここを訪れた者に植え付けるための演出だ。よくできている。
ケントは案内役だという能面の男について、まずは地下に連れて行かれた。
驚くべきことに、そこには地下通路があった。いや、通路に驚いたわけではない。
通路に通じる扉に、時代物の建物にふさわしくない厳重なセキュリティが施されていたことに驚いたのだ。
微かな電子音とともに、ドアが開く。恐らくはケントに同行している男の持つ何かに反応して開く仕組みになっているのだろう。それを三度も繰り返してようやく、薄暗い通路に辿り着いた。
「これから向かう先は、しずい邸です」
と、黒衣の男が言った。
しずい、というものがなにかはわからなかったが、どういった人間がそこに居るかは事前に耳にしている。
男に抱かれるための男娼。
彼らの住まう場所が、しずい邸と呼ばれているのだと、ケントは聞いていた。
ケントはこれまで、同性を抱いたことがない。
しかし考えてみれば、男は女よりも体力があるし、そもそもケントの性欲は相手が男だからという理由ぐらいで萎える類のものではないのだ。
さて、どんな男が居るのかな、とケントは好奇心を抱きながら、しずい邸を訪れ……張り見世と呼ばれる部屋に入って「ワォ!」と感嘆の声を上げた。
大正浪漫風の調度品の数々。アンティークなソファ。美しく揺らめく照明。
そのどれもが幻想的で、まさに美と退廃の融合と呼ぶに相応しい。
「まだ男娼が見世に立つ時間ではありませんが、フジタ様のために数名をご用意しております。あちらの部屋でどうぞ、お好きな男娼をお選びください」
黒衣の男がそう言った。
たしかに、格子の向こう側には誰も居ない。見世ではなくて、別室で……恐らく売れっ妓 の男娼を待機させているのだろう。
ケントは男娼の存在に興味を惹かれつつも、それよりも、と窓の外に目を向けた。
「素晴らしい日本庭園だ」
「恐れ入ります」
「先に少し、散歩をしてもいいかな」
「……確認して参ります」
黒衣の男がすっと下がった。かと思うと、数分もしないうちに戻ってきて、
「まだ他のお客様もお見えではありませんので、好きに歩いていただいていいと、楼主が申しております」
と許可をくれた。
「ありがとう」
ケントは機嫌よく頷き、男に連れられて庭へと出た。
「三十分ほどでお戻りください」
「OK。少し歩かせてもらうよ」
頭を下げた男にひらりと手を振って、ケントはよく手入れされた庭園内をゆっくりと見回った。
人工の池にかかる橋。美しい植木の数々。日本の美は本当に美しい。
小道を歩いていくと、六角形の建物が見えた。緑の壁に、蜂蜜色の屋根。
「これがハチスか……」
ケントは興味深く蜂巣を外から眺めた。
昨夜、淫花廓から車の手配時間などの確認の連絡をもらったとき、淫花廓のシステムについての大まかな説明を受けた。
そのときに出てきた単語が、『ハチス』だ。
ケントは『蓮 』のことだと思っていたが、実際に見てみるとこれは、蜂の巣をイメージしているのだろう。蜂蜜色の六角形の屋根を上空から見てみれば、確かに蜂の巣に見えるのかもしれない。
ケントは敷地のさらに奥へと進んだ。
蜂巣は、そこかしこに点在しており、場所場所でコンセプトが違うようだ。中にはブリティッシュガーデンをイメージしたような庭のついた蜂巣もあったし、順に見て行っても飽きがこない。
おまけに蜂巣からべつの蜂巣が見えない配慮もあり、どこも完璧に手入れされている印象だった。
夢中になって足を運んでいる内に、かなり奥まで来てしまった。
ここらは本来、従業員しか立ち入らない場所なのかもしれない。
ケントはふと我に返り、腕時計に目を落とす。
三十分、と言われた刻限までもう時間がなかった。まずい。急いで戻らなければ。
慌てて元来た道を戻ろうとしたケントの耳に、ふと、子猫の啼くような声が聞こえてきた。
迷い猫だろうか。
首を傾げてあたりを見回す。
すると、白壁の建物が目に入った。蜂巣とは明らかに外装が異なっている。
なんの建物だろう。
興味を惹かれて、ケントはそちらへと歩み寄った。
するとまた聞こえてくる。
これは……これは、猫ではない。人間だ。人間のうめき声だ。
ケントは咄嗟に、扉に手を掛けた。
中で誰か倒れているのもしれないと思ったのだ。
「大丈夫かっ? 」
ドアを開けると同時に問いかけたケントは……そこでポカンと立ち尽くしてしまった。
埃っぽい室内の床には、小柄な青年が、二人。
彼らは揃って着物を羽織っただけの半裸の恰好で。
こちらに大股を開いたあられもない姿で、転がっていて。
その開脚した足の間……尻のはざまには。
ウインウインと唸りを上げるバイブが、ずっぽりと嵌まっているではないか!
おまけに彼らの口には……双頭ディルド、と呼べばいいのだろうか……両端が陰茎の形をしたシリコン製の淫具が咥えられている。
二人の青年はそれを夢中でしゃぶりあっていたが、その内のひとりの目が、とろりとケントの方に向けられた。
「んぁっ……」
唾液に塗れた淫具を、髪の短い方の青年が口から取り出して、ねっとりと舌で唇を舐めた。
「キクちゃん、キクちゃん」
上体を起こした彼が、隣でまだディルドを舐めている青年の肩を叩く。それから、双頭ディルドを引っ張った。
「んんっ、ん、ぁ……」
くちゅり、と唾液の糸を引いて離れてゆくそれを舌先で追って、キク、と呼ばれた子が相手を睨んだ。
「菖蒲ちゃん、なにするん……」
「ほら、あっち見て」
菖蒲、という青年がケントの立つ方を指さしてきた。
「生ちんぽ、見つけちゃった」
語尾にハートがつきそうな、弾んだ声で菖蒲が言った。
キクも、ケントを見て……目をまん丸に開き、歓声を上げた。
「ほんまやっ」
二人は同時に立ち上がると、ものすごい勢いでケントに突進してきて……ケントは彼らに、押し倒されてしまった。
中々に可愛い顔をした二人が、にこりと笑って。
「「いただきま~す!」」
と、元気に声を揃えて、ご丁寧に手まで合わせたのだった。
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