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烏丸イトという男①

俺は幼少期から周囲の人間にとても愛されて育った。 裕福な家庭に生まれて、両親と兄からは蝶よ花よと可愛がられ弟には尊敬と羨望の眼差しで見つめられる。 更に俺の顔面が強いのか人徳があるのか、若しくは何か好かれやすい性質なのか、昔からそれはそれはモテた。本当にモテてきた。ここまでくるともはや異常なほどに。 それは幼稚園から始まり今に至るまで。学生の時は同級生は勿論、先輩や後輩、先生なんかも虜にしてきたし街中を歩いて一目惚れという事なんかざらにある。 そう、モッテモテの人生なのである。聞こえはいいだろう、そりゃモテて悪いことなどない。それが異性からのそれであれば、の話だが。 「なあ……なぜなんだ……?」 しかし俺がモテてきたのは残念ながら異性からではなかった。 今までの前置きはすべて、同性である男からのラブ、限定の話である。 「あああなっっっんでだよ!!!なんで男からなんだよ!!!!ねえなんで??!!!」 「知らんわ、急に大きな声出すなニート」 「ニートだけど!ニートだけどさ!」 「今に始まった事じゃないだろ、何を今更……」 目の前の座席に座り残ったビールを飲み干す男に、今更とか言うなよ、と口を突き出した。 それもこれも全て今もらったばかりのレシートが事の発端なのだが、問題は金額ではない。レシートの裏面に書かれた電話番号と名前だ。 それだけならテンション上がる案件だろう、どの子だろう、そわそわしながら店員の名札を確認しちゃうだろ。でも、ちがう。俺の場合は全く違うんだ。 「タカヤナセ、ってどの女の子かと思えば、がっつり男じゃねーか!」 「そういえばあの店員ずっとお前のことチラチラ見てたしな。レシートも金を払った俺じゃなくてお前に頬染めしながら渡してたし。イト。お前、あの子に何したの?」 「なんもしてねーよ!どう見たって学生だろ!!犯罪だわ!!てかそもそも男!」 週末、金曜日。混み合って騒がしい居酒屋で、俺と友人のオミは月に一度の定例会を開催していた。 定例会と言う名の、月末で苦しい生活の潤いを求める乞食(俺)と、なんやかんや言いつつも俺に甘いオミの慈善活動みたいなものなのだが。 まあオミにとっては俺が男からアプローチされるのなんて今更で聞き飽きた話なんだろうけどさぁと嘆息する。オミとももうかれこれ9年の付き合いになる、そう考えると本当時の流れって無情だよ。 仕事終わりで疲れ切った様子のオミに、社会人は大変そうだな、と皿に残った軟骨の唐揚げを箸で摘んでそのまま口へ放り込んだ。 「ああ?ニートにそれ言われるとマジでむかつくな。イト、お前今日の分払え」 「え゛。嘘、ごめんて!」 今の発言で気分を害してしまったようだ。取り繕うように笑えばオミは呆れたようにため息をついた。 「大体お前はいつまでニート続けるんだよ。もう今年で24だぞ?ジジイになってもずっと親の脛かじって生きてくのか?」 「いやさぁ……まあねえ、」 真剣な顔をして言うオミに返す言葉もない。それは今の俺には刺さりすぎる言葉だったから。 18で高校卒業して、大学も行かず働きもせずに家に引きこもって気がつけば6年が経っていた。その間たまにバイトやらなんやらをしていた事もあったけどそんなものは一年も続いたことがない。 与えられた家と与えられたお金で生活を送り、特に苦もなくただひたすらに自分の好きな時間を過ごしてきたのだ。 この6年間で友人は大学を出て働き始めた。 小学生だった弟はもう高校3年生になり夢を追っている。 兄は大学を卒業して両親の後を継ぐため立派な医者になり、今やその実力も地位も確立していた。 俺は、何もなかった。 何も持たない、ただの24歳ニートだった。 「いや、やばいよね。普通に」 そう、俺はやばいのである。それも非常に。 愛されてるとか、そういう話してる場合じゃねえんだわ。 .

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