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第2話
そのまま自力にて病院へ来たアツシは見事オメガ性を言い渡された。
「ど、どういうことですか?!俺、ずっとベータだって……」
アツシの反応を見てとても憐れむかのように医師はゆっくりと続ける。
「検査薬の反応が鈍くてベータと思われていたけど、実はオメガ性だった人がたまにいるんですよ」
オメガの反応が出ず、また発情期もまだ来ていない為ベータだと思われる。そして発情期が来ると大抵がオメガとしてのフェロモン反応が強くなるので嫌でもオメガだと実感させられるそうだ。
「貴方は間違いなくオメガ性です。ただ、貴方のフェロモン量は通常の方と比べてかなり少ないようです。ヒートが来ている今でようやく通常のオメガ性の方のフェロモン量に達するか否かという所でしょう。気づいてもらえたのは幸いでしたね。分からないままでいて万が一が起こってからでは遅いですから」
そう医師は優しく続けるが、オメガ性と言われたショックが大き過ぎてもうアツシの頭には殆ど入ってこない。
兎に角応急処置の抑制剤をと注射された所で診察室の外が騒がしくなった。
「アツシ!大丈夫か?!」
急な来訪者に医師も看護師も目を丸くする。
やって来たのはアツシの弟分のタイガとユキオだった。
店の誰かから早退して病院へ行ったとでも聞かされて慌てて来たらしい。
とはいえ、診察室にまで突撃してくるのはちょっとやり過ぎだ。
アツシが口を開こうとすると看護師の方が慌てて2人を止めにかかった。
「ちょ、ちょっと待った!一応聞くけど、貴方達はアルファよね?」
「そうですけど」
タイガが答えると看護師は2人を診察室から追い出そうとする。
「ならまだ面会許可は出せません!早く出て!」
「はぁ?」
「なんで?!」
理由も分からず追い出されて2人は抗議の声を上げるが看護師の手は止まらず2人を追い出していく。
この看護師さん、強いな。
「まだヒートが治まりきってないの!もう少し向こうでまっててあげて!」
「は……?」
まるでさっきの自分を見ているかのようにユキオが固まる。タイガは押されながらも不思議そうに首をかしげた。
「いやあいつはベータのはずだけど」
「説明は彼から直接聞いてください。ただ、今はダメです!早く出て!」
結局2人はろくな説明もされないまま診察室を追い出されてしまった。
「……どうやら貴方の周りにはアルファ性の人が多いようですね。本当、何か起こる前に分かって良かった」
そう言われてもつい数分前までベータだったアツシにはピンと来ない。
「はぁ……」
戸惑っているアツシに医師は続けた。
「これから専門のカウンセラーからオメガ性について説明があります。きちんとパンフレットにも目を通して、貴方の今の状況をよく理解してください」
医師の話の通り、場所を移動したアツシはカウンセラーだという男性から話をされることとなった。
そこで聞いたのはオメガの現実についてだった。
数ヶ月に1度来るヒートの為に仕事を休まなければならず社会的弱者としてオメガが扱われていること、そのヒートを利用した性犯罪率の高さ、そして抑制剤についてだ。
「抑制剤は何種類かありますが、効き目は人によって個人差があります。強い抑制剤は勿論体に支障が出ることもありますので注意して下さい。まぁ、貴方の場合はフェロモン量が少ないですから軽い薬でも大丈夫だとは思いますが」
そう言って先生はいくつかの錠剤を見せてくれる。
これはヒート前に飲み始めないと効かないらしい。
「これとは別に存在するのが緊急用の抑制剤です」
見せられたのは先程医師に打ってもらった注射器というか、刺すタイプのものだ。
あまり長くない針が出ており、それを二の腕や太股に刺して注入するタイプのものだ。
他にも錠剤タイプのものもあるが、ヒートに入ると殆どのオメガが理性を失ってしまうのでこちらのタイプの方が現実的には使いやすいという。
何だか薬漬けになりそうな話だ。
「なりそう、というより実際なってしまう者が多いのが現実です。そうならない為にも貴方にも、良い番が現れてくれることを願っています」
「番 」とは、恋愛や結婚とは違う、もっと本能的な性質の強い結びつきのことだ。
アルファに項を噛ませるとオメガの首筋には歯型が浮かぶ。それが番になった印になるらしい。
1度番になるとヒートがきてもその作用は番であるアルファにしか及ばなくなる為フェロモンを撒き散らすことは無くなる。
ただし、これを解除出来るのはどちらか一方が亡くなった時だ。
解除出来なくともヒートは訪れるので項を噛まれたオメガは相手のアルファに捨てられてしまうと他のアルファを誘うことも出来ず狂うほどの性欲に一生悩まされ続けることとなる。
そんなオメガの性的被害と自殺が今も後を絶たないという。
それを阻止する為の薬や機関も存在するものの、なかなか思うようにいかないのはニュースを見ていれば分かる。
「私達は必ず貴方達オメガ性の方の力になります。だからどうか、これからこの現実を受け止めて下さい」
「……はい」
返事はしたものの、アツシはまだことの重大さを受け止めきれていなかった。
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