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第5話

翌朝、いつも通り目覚めたアツシはいつも通り朝食を食べ、いつも通り家事をこなした。 何かしていないと何となく落ち着かないのだ。 ついそのまま掃除に精を出してしまい、アツシはハッとして時計を見やった。 時刻は17時を少し過ぎたところだ。 そろそろ家を出なければ出勤時間に間に合わなくなる。 掃除機をしまったアツシはいそいそと準備をし始めた。 準備といってもそう大したことはない。ケータイと財布を持てば準備は完了である。 いつもならこれでさっさと出ていくところだが、今日からもう1つしなければならない準備がある。 アツシは病院から貰ってきたパンフレットや薬が入った袋を漁る。 中に入っていたのは首輪状の安全帯だ。 オメガの項につけるこれはアルファに噛まれるのを防ぐ為の唯一の防衛手段で、オメガはこれを下手すれば寝る時も外さない……らしい。 これどうやってつけるんだろう。 カチャカチャといじってはみるものの、開け方にコツがあるらしく、なかなか開くことが出来ない。 どうやら内側に3つ、ボタン状のスイッチがありそれを順番に押すと開く仕組みらしい。 説明書に目を通し、目当ての項目を探すがなかなか順番を見つけられない。 そんなことをしているうちに時間はどんどん過ぎていき、あっという間にギリギリの時間になってしまった。 これ以上は遅刻してしまう。 アツシは迷った末に結局Tシャツから唯一持っているタートルネックのものに着替え、パーカーを羽織るとそのまま家を出ることにした。 飲み屋通りを1つ入った路地裏、レンガ通りの所にひっそりと佇んでいるのがアツシの働くお店だ。 走ってきたアツシは息も整わぬままシックな色合いで纏められた扉をガチャリと開ける。 少し暗めの店内では丁度申し送りが始まるところだった。 「す、すみませ……遅れました…、」 「おはよう。着替えは後でいいから先に申し送りだけ出てくれるかな?」 ロイさんにそう言われ、頭を下げると本来なら着替えて出るはずのそれに参加する。 少し居心地が悪い。 一通り今日の日程を確認すると、最後に一言添えられた。 「休憩は各自いつもの時間にね。それからアッシュ君は体調について聞きたいから着替えたら休憩室に来るように。以上、解散」 ……これはやっぱりお叱りですかね。 アツシは首を竦めながらもはい、と頷いた。 解散後、着替えに行こうと更衣室へ足を向けると後ろから思いっきり腰に抱きつかれた。 大体やる人間は決まっているので苦笑して挨拶を交わす。 「キイト、おはよう」 「アッシュ先輩はざッス!」 「キイトは元気だね」 パタパタと嬉しそうに揺れる尻尾が見える気がする。 こちらを覗き込むように首を傾げるのに合わせてワックスで固められたサイド髪がまるで耳のように揺れる。 キイトは同じウェイターを勤めるバイト君だ。派手な金髪とピアスをたくさんつけているのがよく目立つ。 そういえば指輪も良くつけているな。今日は右手に黒っぽいのを二つ、左手にも一つ付けている。 お洒落が好きだと言っていたのでそういうのが普通なのだろう。アツシにはよく分からないが。 彼はバーテンダーを目指してここに入ったらしい。 基本的にカフェタイムを担当し夜には帰る事になっているが、勉強と称してラストまで残っていることも多い。 見た目とは裏腹に勉強熱心な子だ。 「俺はいつでも元気ッスよー!それより、アッシュさん体調は大丈夫ッスかー?」 「うん、もう大丈夫。ありがと」 まぁ言動は見た目通りというかチャラいというか。それから声が大きい。 背丈はアッシュの方が大きいが、声の張りは明らかにキイトの方が強いのだ。 タイガもかなり騒がしい方だが、キイトも大概である。 横に2人並べたらさぞや賑やかなことだろう。ユキオが嫌がりそうだ。 それと彼は「ベータ」である。というか、ここのスタッフの殆どが同じベータだ。 何名か分からない人も居るがわざわざ聞くべきことではない。自分も今は聞かれたら言い淀む立場なので殆ど、としておこう。 何故かこの子はアツシに懐いている。まぁ年も5つくらい離れているので何となくユキオ達の相手をしている感覚に近い。 「アッシュさーん!後で時間あります?」 「……内容による、かな」 「えー、じゃあ今聞いてください」 真面目に仕事してくれ。 あとで怒られるのはお前だけじゃない。 かれこれここで働き始めてもう7年になる。 今ではフロアを任される立場になったアツシは何か問題が起こればロイさんから直々に呼び出されるようになっているのだ。 本当に損な役回りである。 しかしキイトの方はそんなこと御構い無しにアツシの腰に抱きついた。 「だってこの時間仕込み時間だから人いないんスもん!」 だからって他人に抱きついて良い理由にはならんだろう。 キイトはこの懐っこい性格のせいかやたらとスキンシップしたがる。パーソナルスペースが狭いというかなんというか……。 そのせいでよく女子をその気にさせて彼女を取っ替え引っ替えしている。 昨日の今日なので何となく居心地が悪い。

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