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第6話
「分かったから離れて。着替え行けない」
「じゃー、ちょっとだけ話聞いてくださいっスー!」
ちょっとだけー!とキイトは騒ぎながらアツシの服やら腕やらをグイグイと引っ張る。
伸びるからやめてほしい。ただでさえパーカーはすぐダメになるというのに。
ねーねー、と引っ張るキイトを引き離そうともがくがあまり効果はない。ただ抱きつく位置が後ろから横に変わっただけである。
そんなキイトに付きまとわれながら、アツシは困った顔をしながらキイトを見下ろした。
「もーキイト、いい加減――っ痛ぁ!!」
バシンッ!!
大きな音とともに背中へ衝撃が走る。
びっくりして思わず涙腺が緩むと同時に後ろから怒鳴られた。
「うるせーな!遊んでねーで早く準備しろ」
「いたい……」
振り返った先にいたのはコテツさんだった。
彼は料理人で主にカフェタイムから夜にかけてを担当している。
背はほぼ平均かそれ以下なのだが、それを上回る目つきの悪さで存在感がすごい。如何にもヤンキーな兄ちゃんといった風貌である。
赤っぽい髪を上に上げているのもその要因の一つだろう。
しかし実際のところヤンキーなのは口調と態度だけで割と根は真面目な人だ。
とはいえ気が短い人なのでアツシは少しだけこの人が苦手だった。
「コテツさん俺騒いでな―――」
「うっせ!いいからさっさと支度しろそこにいると邪魔だ」
不満を言うや否や、背中へ更に追い打ちをかけられる。
気が合わないというかそりが合わないというか。
のんびりした態度のアツシと気が短いコテツではあまり相性が良くないらしくすぐこうして怒られる。
「き、着替えてきます」
アツシは堪らず更衣室に逃げ込むことにした。
「あーぁ、逃ーげられたー!」
「……何だよ」
後ろからコテツを茶化すキイトの声が聞こえる。
やめろ刺激するな!
あとで怒られるのは俺だ!!多分!
コテツはハキハキしたキイトの態度を気に入っているのできっとそう怒りはしないが、イラついた分は多分こちらに回ってくるに違いない。
早々に退散したアツシはさっさと更衣室へと入った。
ロッカーの前まで来たアツシは無意識に首元へ触れる。
首、どうしよう……。
ため息を吐いたところで更衣室の扉をノックされた。
「はい」
振り返ると入ってきたのはバーテンダーのシマさんだった。
「アッシュ君おはよう」
彼はロイさんが前の店から引き抜いてきたベテランさんだ。
ちなみにここの最年長で今年56歳になるらしいのだが、全くそれを感じさせない。
長い髪を一つに結び、あまりシワも寄らない若若しい風貌をしている。薄いスミレ色の目元は涼しげで穏やかだ。
サイドに流れるこぼれ髪がなんとも大人の色気漂う。
こんな風に歳をとれたら素敵だと思う。
あまり自分からは話さないがのんびりとした相槌が絶妙で、話もよく聞いてくれるのでお客さんからも人気がある人だ。
勿論スタッフにも同じく優しげに接してくれるので皆から慕われている。
キイトなどはバーテンダーの仕事を教えてもらっている分顕著でよく懐いている。まぁキイトの場合懐かないことの方が稀なのだが。
「シマさん、おはようございます。昨日はご迷惑をお掛けしました」
アツシが頭を下げるとシマさんはのんびりとした口調で尋ねた。
「もう体調はいいのかい?」
「はい、もう大丈夫です」
「顔色がまだ優れないから無理しないようにね」
コクリと頷くとシマさんは持っていた荷物を差し出した。
「これ、昨日から支給された新しい制服。前から変更かけてたみたいでね。昨日届いたんだよ」
「ありがとうございます」
ここの制服は皆ほぼ一緒の作りをしている。
クリーム色のカラーシャツに細身シルエットの黒パンツ、そして黒のロング丈のソムリエエプロンだ。
靴は黒指定はあるものの各自持参。それ以外はここで貸し出してくれる。
何が変わったのだろうかとよくよくシマさんを見てみれば上着の形が変わっていた。
普通のワイシャツから首元を隠すスタンドカラータイプに変わっている。しかも結構深めだ。
「ちょっと薄いから、寒いなら今着てるタートルネックをそのまま着る方がいいかもしれないね」
寒がりなのを知ってか、そう付け足される。
アツシはほっとして頷いた。これなら首元を隠していられる。
「じゃあ、無理しないようにね」
一言付け足すとシマさんはフロアへと戻って行った。
シマさんは本当に優しいな。
有難く思いながらアツシは新しい制服へそのまま袖を通した。
言っていた通り、前の制服より生地が薄い。
シマさんはああ言ったが、もしかしたら昨日のことがあって急遽人数分仕入れてくれたのかもしれない。
お礼も言わないとな。
慣れた手つきで着替えたアツシは最後にロッカーの鏡で最終チェックを行う。
身だしなみが確認出来るよう、わざわざ大きな鏡が扉のところに付けられているのだ。
これでの確認を怠るとロイさんからお叱りを受ける。
そういうところには厳しい人だ。
確認が済むとアツシは更衣室を後にした。
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