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第10話

「違うって、言ってるじゃないですか」 相手の視線が絡みつく。今まで散々ロイさん絡みの変な人に遭遇してきたがこんなにしつこくオメガかどうか問われた事などない。 もしかしてロイさんが何か言ったのだろうか。いや、違うと思いたい。 不安と緊張から指先がどんどん冷えてくる。 顔が強ばったのを相手は見逃さなかった。 ニタリと、嫌な笑みを浮かべられる。 怖い。 ひゅ、と呼吸に合わせて喉が鳴った。 相手の手が首元へ伸びてくる。 「ぃ、や……!」 無意識に拒絶の言葉が出た所でタイミングよく裏口が開いた。出て来たのは件の人物だった。 「アッシュ君、 ゴミ捨てに行くだけで随分掛かってるねぇ」 艶やかな笑みを向けられて肩が跳ねた。 怖い、けど助かった……。 逆に相手はつまらなそうに舌打ちをする。 「それで、そちらはカレシ君かな?」 「違います」 分かってて聞いてくるのだから本当にタチが悪い。 思わず睨みつけるとクスクスと笑われた。 「じゃあお店の中戻ってて」 と言われてもこの人が退いてくれなければ入れないし、そもそも退いてくれたなら早々にここから離脱していた。 それに気づいたらしいロイさんはお兄さんに近づくと顔を覗き込んでニコリと笑う。 「少しお話したいんだけど、いいかな?」 「は、はい……!」 横から見ても非の打ち所がない完璧な笑みだ。 正面から見てしまったらしい彼はガチガチに固まってロイさんに釘付けになっている。 ――あー、これは。 「分かりました」 動かなくなったお兄さんを今度こそ押し退けてゴミを捨てるとアツシは大人しく裏口へと向かった。 途中、ロイさんの前を通るとボソリと耳打ちされる。 『帰らないで待ってて』 思わず顔を見るとニコリと笑われた。分からないよう深呼吸をする様にしてため息を吐く。 コクリと頷くとその場を後にした。 指先を握ったり開いたりしながら何とか店内へと戻ったアツシはのろのろと時計を見上げる。いつの間にか閉店時間はとっくに過ぎていた。 慌てて表側に回るがcloseの看板は既に掛かっていた。 「……はぁ、つかれた」 ロイさんには頷いたが、待つ気は更々ない。アツシはさっさと着替えると荷物を確認した。 「かえろ……」 「アッシュくーん」 「ひっ!」 さっさと逃げようと入り口を振り返ると、ロイさんが扉のところに腕組みをしてもたれ掛かっていた。 「なーに帰ろうとしてるのかなぁ」 「あー、」 面倒で、とは言えず言葉を濁す。 「……あの人は?」 「んー?話したら分かってくれたよ。オトモダチになってくれたしね」 「ソウデスカ」 オトモダチとはロイさんがそう呼んでいるだけで別に本当の友達のことではない。 ロイさんの為に店へと通い、ロイさんの為に動き、ロイさんの為に生きようと【自主的に動く】者たちの事だ。 はたから見ればただの信者でしかない。 そんなものを作れるほどのカリスマ性を備えている人なのだ。 特に性別は関係なく、ベータもオメガも同じアルファさえも彼は落としてしまう。 それ自体は害があるわけではないので別にいい。 過度なファンクラブを作ろうと謎の宗教集団を作ろうと勧誘されなければ一向に構わない。構わないのだが、毎度オトモダチを作る際にロイさんは相手をアツシの方へと誘導して遊ぶ悪い癖があった。 一度はアツシの話を言って聞かせ、相手の反応とアツシの対応に困っている様を楽しむのだ。 つまり、今日の客が絡んできた原因はロイさんだったという事だ。それも故意的にやっているのだから本当にタチが悪い。 なんて悪趣味な……。 しかし今に始まった事ではないのでアツシも諦めている。 ただ、これからはそうはいかない。今日のようにオメガかどうかなどと疑われては面倒だった。 「ロイさん……いい加減お客に俺の話するのやめてもらえませんか?」 「んー?別に特別な話をしたわけじゃないよ。単に優秀な子がいるって言っただけ。……ダメ?」 アツシの肩に手を置くとロイさんは至近距離で首を傾げる。サラリと髪が横に流れていつもは見えない左目が覗く。 薄暗い店内でもよく見える程綺麗な目だ。 「ダメ、です」 「ふふ、ダメって言われても嫌だけどね」 それはそれはにこやかに言い切った。 これさえなければきっと見た目通りのイケメンなのだろう。しかし彼の性格は残念ながらひん曲がっていた。 人の嫌がる事はしたいしむしろ嫌がっているところを存分に眺めたい。 多分世間一般的にはこう言う人間をドSと呼ぶのだろう。 恐ろしい。 ロイさんにはぴったりの言葉だ。 こんな性格なのでにこやかに笑われると背筋がむず痒くなる。 「……オメガかどうか聞かれた?」 弾かれたように顔を上げるとロイさんはクスリと笑う。 「言っておくけど、別に僕がなにか吹き込んだわけじゃないよ」 「じゃあなんで……俺今まで1度もそんなこと」 聞かれたことなどない、と言い募るとロイさんは肩を竦めた。 「やっぱり匂いがするからじゃない?」 「え」 コテンと首を傾げられアツシは動揺した。 ――匂いが、する??

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