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第18話

言われた通り何とかシャワーを浴びて戻ってくるとリビングから二人の会話が聞こえてきた。 何を話してるのか何となく気になって扉は開けないまま、耳をそばだてる。 あまりこういうのはよろしくないのだろうが、さっきあんなことがあったばかりなので少し気になってしまった。 「いやいやいや!そんな思いっきり噛んだらダメだろ!」 ……初っ端から不穏なワードが聞こえる。タイガの声だ。 「でも印って傷になるくらいじゃなきゃ意味ないんだろ?」 こちらはユキオだ。印というのは番のあの(うなじ)を噛むヤツの事だろうか。 え、そんな強く噛むものなのか……? アツシは無意識に自身の項に手を当てた。 つい先程ユキオに噛まれそうになったばかりなので何もないのに気になってしまう。 「そーいうもんなのか?」 「じゃないの?こないだのニュースでもやってただろ。オメガのヤツが項噛まれて七針縫ったとか何とかって」 怖っ!!! え、アルファ怖い……! そんな噛むのか?! そんなニュースあったっけ?と記憶を遡ってみるが思い出せない。そもそも最近のことが衝撃的過ぎてニュースを見ている心の余裕がなかった。 「あー、そういや昔噛みちぎって失血死したニュースとかあったしな」 想像してアツシの顔からサァッと血の気が引いた。ついでにそばだてていた耳も思わず離す。 もう無理。目眩がしそうだ。 思わずアツシはその場にしゃがみ込む。きっと今の顔色は最悪だろう。青くなっている自覚がある。 オメガってそんな恐ろしい事を経験して番作るのか? いやそもそもこんな話を今どうして弟分達こいつらがするのか考えたくない。 「でもあんまり強く噛んだらアツシが痛いだろ」 ほらねー!やっぱりそうですよね! 実践の為のお勉強ですよねぇ。 そういう勤勉な所はお前達の美点だとは思うけど今はそういうのいらなかったなぁ。そういうのは学校とか部活でだけ発揮してほしい。 それに、出来れば実践されない方向に持って行きたい。 彼らが嫌いだという事は決してないが、だからと言って番う程恋愛的な意味で好きかと言われれば答えは決まっている。 アツシにとって二人は可愛い弟分でしかない。 そこに恋愛や身体の関係は求めていない。勿論ずっと一緒にいたいとアツシも心から思っている。けれどそれは兄として、友人としてであって恋人としてではない。 かといって、形だけの番になって必要な時にセックスをするようなセフレまがいの事などさせたくない。 少し寂しいが、ゆくゆくは二人にはちゃんと好きな相手を見つけてその人と番になってもらいたい。 そこら辺の所をどうもユキオは分かってくれない。 ユキオにそういう気持ちがあるのかもきちんと聞いたことはないが、アツシの予想としてはそういうものを飛び越えて一緒にいられないくらいなら番ってそういう関係になるのもあり、と思っているように感じる。 要は番うことが最終目標ではないのだ。 一緒にいる為に番う以外の有効な方法があるならばきっとそちらを取るのだろう。 たまたまアツシがオメガで、番が必要だから片割れになろうとしているに過ぎない。 もしこれがタイガであったとしてもきっとユキオは最終的には同じ方法を取るだろう。 むしろアツシ的にはタイガに番が出来てしまった時の方が怖い。 ユキオはアツシより余程タイガへ依存している。 勿論それだけで一緒にいるわけではないが、その要素も多分に含まれている。 アツシの時でさえこれなのだからタイガの時はどうなってしまうのか。 杞憂であればいいのだが、そればっかりはなってみないと分からない。 なにせユキオは自覚があって依存しているが、タイガは全くの無自覚なのだ。 タイガはユキオと一緒にいるのも彼を守るのも自分であって当然だと思っている。 それに対してなんら疑問を抱いていない。 側にいなければ探すし困っていれば手を差し伸べる。彼が言葉を欲していればいくらでも言葉で返す。 ユキオが寄りかかってくれるのがタイガの中では当たり前なのだ。 ユキオがオメガだと思われる一因は確実にこの関係性にあるだろう。 これだけ大事に囲われていればそういう関係なのかと勘繰られるのもわかる気がする。 何より口ではお互いそれを嫌がっていても本気で嫌がってはいない。 かといって恋人になる気があるかと言われたらアツシから見てだが、いまいち首をひねる所だろう。 タイガはユキオを性的な目で見られる事をとても嫌悪する。それが自分であっても許せない。 そんな調子なので恋人にと言われても拒否を示す可能性の方が高い。かといって彼らの執着具合は幼馴染みの域を超えている気がするのだ。 自覚があるのと無自覚なのと、果たしてどちらが重症なのか――なんて考えているうちに扉の向こうでは話が進んでいた。 アツシは思考を停止させ、再び耳をそばだてる。

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