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第19話
「もうめんどくさいからタイガ腕貸せ」
「ん?……ほれ」
――腕?
タイガもよく分からないままなのか、疑問符を浮かべている声がする。
瞬間、「痛ってー!!」と悲鳴が上がった。
「待て待て!んな強く噛んだら痛いだろう!つか痕んなってるじゃねーか!もっとソフトに!!」
「こうか?」
「いたい!!」
分からん、とユキオはやや不満げに言う。
「じゃあお前やってみろよ」
「おー、任せろ!」
不安だなぁと思っていると案の定、しばらくして引っ叩く音が響いた。
「痛い」
不満そうなのはユキオの声だ。
どうやら痛かったからとタイガの事を引っ叩いたらしい。相変わらずというかなんというか。
「いや痛いのは俺だわ!おめーはすーぐ手が出るんだからよー!」
「ふん。……だいたい、軽く噛んだくらいで番になれるのか?」
「いや分からん?」
「分かんねーのかよ。使えない」
「自分も分かんねーくせに文句言うな!」
あぁ、いつもの口喧嘩になった。それを聞いて何となくホッとする。いや、何も状況は変わってないのでホッとしている場合ではない。
何とか出来ないものか考えてみるものの、すぐに良い案が出るわけもない。
うんうん唸っているうちにヒョイと扉が開いてアツシは後ろに重心が傾いた。
「わ……っ!」
「ちょ、何してんだよ。あぶねーなぁ」
咄嗟に手を出したのか、慌てたタイガに背中を支えられる。無様に転ぶことはなかったが、これはこれで少し恥ずかしい。
「ごめん」
「上がったのか。ほら立てるかー?」
タイガに促され、とりあえずという感じでアツシは立ち上がった。
身なりを整えているとそれを見たタイガが口を開く。
「おし、落ち着いたな。……んじゃ、俺らはこれで帰るな」
「え、帰るの?」
まさか帰るとは思わずキョトンと聞き返すとタイガがコクリと頷いた。
ユキオの方を見れば不満そうにそっぽを向いている。
「あぁ。誰かさんがまた暴走しかねないからなー。今日は連れて帰る」
「保護者面か」
タイガの言葉にユキオはしかめっ面を返した。
「ユキオくんが無茶しなきゃ心配ないんですけどねー」
タイガが顔を覗き込むとムッとした顔でその背中を叩く。
叩かれたタイガは大して痛くなさそうに「いて」と反射のように言った。
そうか、帰るのかと何だか心細いようなホッとしたような綯交ぜな気持ちが湧く。
その複雑な思いが顔に出たのか、タイガはにかりと笑うと「その代わりまた明日来るなー」と続けた。
「分かった。……ユキオもまた明日ね」
そう続けるがユキオはそっぽを向いたままだ。
ご機嫌斜めのようだが、後のフォローはタイガに任せよう。
二人が帰った後、アツシは居間ではなく部屋へと戻ってきた。
突然暇ができてしまうとどうしたらいいのか分からない。
ベッドに腰掛けてボーっとしているとアツシはあることを思い出した。
「……リョクに連絡してない」
リョクとはアツシの高校時代からの友人だ。
卒業してからも交流は続いており、今でもよくチャットを送りあったり互いの家を行き来している。所謂親友というやつかもしれないと思う程には信頼している。
彼は少々特殊な技能を持っているのできっとオメガであることはすぐにバレてしまうだろう。
どうせバレるならば自分から言いたいと、アツシは今の状況を連絡する事にした。
とりあえず急にオメガ性になってしまった事、フェロモンが極端に少ないらしいことを告げることにする。他のことは会えばきっと察してくれるだろうから書かない。
チャットを飛ばすと程なくして返信が返ってきた。
確認してみると仕事終わりに寄りたいと書いてある。
分かったと返事を返すとアツシはベッドへと横になった。
リョクの仕事が終わるまでまだ時間はあるだろうか。彼の仕事は不定期なのでイマイチ把握できない。
まぁ最悪電話で起こしてくれるだろうと思い、眠気を感じたアツシはそのまま目を閉じたのだった。
ふと意識が浮上すると玄関の方でインターホンの音が聞こえ、アツシは体を起こした。リョクが来たのだろう。
玄関を開けると緑の髪の青年――リョクが立っていた。
「こんにちはアツシ。お久しぶりですね」
「久しぶり。わざわざ寄ってもらってごめんな」
「いえ、大丈夫ですよ」
優しげな緑の目は穏やかだが心配の色が浮かんでいる。
中へと案内するとリョクは丁寧にお邪魔しますと言って上がってきた。
昔からとても穏やかな性分の彼は話していてホッとする。
リョクを部屋へ招き入れるとリビングへと案内した。
「体調はどうですか?」
「今のところあまり変わりなく過ごしてるよ」
「そうですか。……でも外で外してはダメですよ」
リョクは苦笑しながら自身の首を指差した。
――しまった、風呂の後から首輪を着けていない。
ようやく合点がいってアツシは慌てて首を隠した。
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