20 / 106
第20話
「……気をつける」
いくらオメガになったと話したとはいえ、全てを話したわけでない。最初からどす黒い痣を見られるのは気が気じゃなかった。
そんなアツシの雰囲気を察しつつ、リョクは困ったように尋ねる。
「一応聞きますけど、ロイさんと番になったわけでは……」
「ち、違う……!」
なんで皆ロイさんだって分かるんだよ。まだ何も言ってないのにと気まずそうな顔をするとリョクは苦笑した。
「そんな痛々しい痕、ユキオくん達が付けるわけないじゃないですか」
「……う」
確かにそうだ。ユキオもあれだけ迫ってきたりはするがこんなエグい痕は付けないだろう。
いや、噛み付こうとしたのはカウントされるんだろうか。
「ユキオくんが番になろうとするとしたらアツシの為なんでしょうから、そんな痛がるようなことはしませんよ。分かってるでしょうに」
肩をすくめるリョクにアツシも同意する。
先程からアツシは殆ど答えていないが、リョクは話の続きを察して言葉を返してきている。
学生時代からそうだが、リョクは異様な程察しが良い。共感性が高く、相手の気持ちが読み取れてしまうそれを「エンパス」というらしい。
勘がいい、相手の意図がわかってしまう、本音が何となくわかる――それは特に珍しいことではなく、察しの良いタイプの人間なら誰でもありうる事だ。
しかし物心ついた頃からリョクに備わったエンパスはそれ以上のものだった。
嘘を付いているか、またどれが本当でどの部分が嘘なのか全てはっきりとわかってしまうらしい。
それどころか相手の次の行動、次に話す内容、これからの行き先が分かるという。
下手をすると相手の気持ちと同調し過ぎて相手そのものになろうとしてしまったり、負の感情を読み過ぎて具合が悪くなるようなこともあった。
今はだいぶオンオフの切り替えが出来るようになってこの通り落ち着いている。
そんな特殊な体質の為か、人間関係にとても疲れやすいリョクだったがアツシといるのは平気だという。
恐らくアツシがエンパスとは全く掠りもしない性格だからだろう。残念ながらアツシは察しが悪いと称される部類の人間だ。深く考えるのも苦手だし、人の気持ちに鈍いところがある。
だからこそリョクのような体質の人間は一緒にいて居心地がいいのだろう。
アツシもまたリョクといるのは居心地が良い為いつの間にかよく一緒にいるようになって今に至るというわけだ。
話さなくても伝わるというのは楽な反面、分かり過ぎてしまうこともある。
「まだ身体の変化に慣れないんでしょうけれど、オメガが無防備に首を晒してはダメですよ」
「……分かった」
どこまで読めたのかなと思いつつ、言われるがまま首輪をつけようとするがうまく着けられない。
もたもたしているうちにリョクの方がしびれを切らして手を差し出してきた。
ポンポンと椅子を叩かれたので大人しく首輪を渡すと後ろを向いて腰掛ける。
「今はちゃんとコントロール出来てますから、必要以上に読んだりしませんよ。読まれたら気まづいことは……まぁ、あったんでしょうねぇ」
痕を見れば一目瞭然だろう。
むしろ深く聞いてこないあたりに気遣いを感じる。その気遣いが有難いようなそうじゃないような。
「……言ったそばから前言撤回して申し訳ないんですが、少しだけ読んでしまいました。…………怖かったですね」
そう言ってアツシの髪を手櫛ですく。
「うん…………怖かった」
ロイさんやユキオ達の変化にも勿論戸惑っているが、何よりも自分が知らないうちにどんどん変わっていくようでアツシは怖かった。
いつの間にか、アツシの身体はオメガとして作り変わっていく。自分が自分じゃなくなるようで、アツシは何よりもそれが怖かった。
細く息を吐き出すと後ろからそっと頭を撫でられる。
暫くアツシはそのままリョクに撫でられながら手の温もりを感じていた。
「ところでリョク、仕事は大丈夫なのか?」
「えぇ、とりあえずひと段落付いたところです。これから行くのは別のバイトですから」
「相変わらずなんだな」
「ふふふふ……それもこれもシキさんのせいです」
シキさん、とはリョクの今の上司のことだ。
リョクのエンパス能力の高さを見抜き、それが欲しいと相方にした人物である。
そもそも出会った頃のリョクはそれがエンパスという名のつくものだということも知らなかった。
それを一から教え、コントロール出来るようになるまで面倒を見てくれたのがシキさんだった。
それだけを聞けばさぞや高尚な人物なのだろうと思うだろうが、実際は真っ当な人間とは言い難い。
そのせいで色々苦労しているようだが、リョクはそれでも付いていくと決めたようなのであまりその辺りについては口を挟まないことにしている。
ともだちにシェアしよう!