28 / 106

第28話※

「や、できな……っ」 ――ダメだ。 目が離せない。力が入ってしまい、それによって後ろを意識してしまってまた力が入る、という悪循環に陥った。アツシは半ばパニックになってぐすぐすとすすり泣く。 それに顔を歪めながらロイさんが悪態を吐いた。 「……っ、出来ないじゃなくて、して……っ!」 「だって、目がぁ……っ」 「目……?」 何のことかと火照ったままのロイさんの表情に疑問符が浮かぶ。 しかしそれに答える余裕などない。 そもそも何故こんなにもロイさんの視線に囚われているのか自分でも分からないのだ。 言えたとしても説明のしようがなかった。 「や、も……っ、みないで……」 「……っ、またそうやって…っ!酷くされたいの……っ?」 両腕で顔を覆うが、すぐに腕を掴まれ外される。 奥に打ち付けられながら視線が刺さった。 「ちがぁ、あ゛!!」 「っくそ、やりにくい……後ろ向いて」 「……っぁ゛!!」 いうや否や、ロイさんはアツシが返事を返す間も無くぐるんと身体を反転させる。 それすら刺激になってソファに縋り付いた。 しかし後ろを向いたことでロイさんの視線からは逃れられた。パニックになりかけていたアツシの理性がようやく戻ってくる。 ぶるぶると震えながらも何とか快感を逃がそうと必死になって息を吐き出した。 しかしそれを壊すようにして無造作に頭を押さえつけられる。 「……イイ匂い」 スン、と匂いを嗅ぐロイさんの鼻先の感触が首元に当たった。 ――あ、噛まれる。 頭の片隅でそう思ったが身体が動かない。 痛みを想像して思わずギュッと目を閉じたがやって来たのは暖かい感触だった。ロイさんの熱いくらいの手が項を覆っている。 ――瞬間、その上から衝撃が加わった。 「……え?」 何度も何度も、手のひら越しにぶつかる様な衝撃が加わる。 「や、ロイさん……何して……」 震えながらもアツシが尋ねるが返事はない。 代わりにフーフー、と獣のような呻きがすぐ後ろで聞こえた。 途中で生暖かい何かが首筋まで流れてきてやっと理解したアツシは悲鳴をあげる。 「ロイさん……、手が、……っ!」 彼はバーテンダーだ。その手は大事な仕事道具でもある。 だというのに傷を付けてしまったと我に返ったアツシは真っ青になって悲鳴を上げた。 「は、早く血止めないと……、」 後ろを振り返れば真っ赤に染まった手から更にボタボタと血が溢れているのが見える。 「いいから……もう限界。一回イカせて」 「え、ちょ……ひ、あ゛ぁ!!!」 いうや否や、ロイさんは急激に律動を再開する。 そこからはもう手を気にする余裕もなく一回どころかアツシの意識が飛ぶまで抱かれ続けた――。 目を覚ますと知らない天井が視界に飛び込んできた。 「ここ…ど……っごほ、」 ここ何処、と言おうとして途中で盛大にむせる。 ――のど、かわいた……。 喉がすっかり枯れていて声が出ない。 喉元を抑えて咳き込んでいるとパタンと音を立てて扉が開いた。 「あ、起きたの?」 私服に着替えたロイさんが部屋へと入ってくる。手にはペットボトルの水を持っていた。 その姿をぼんやりと見つめる。 「ここ……」 「僕のマンションだよ。アッシュ君来たことあるでしょ」 言われてみればシックな外観で纏められた部屋の中には何となく見覚えがある。 ここにきたのは初めてではない。 ロイさんは定期的に具合が悪くなるというか何というか。 身体的というよりは精神的に調子を崩すのでよくマキさんやシマさんに言われて食事を届けに行ったり様子を見に行ったりしているのだ。 その時にはこの寝室にもお邪魔することがある。通りで見覚えがあるわけだった。 とはいえ、あんな事があってからここにくるのは初めての事……何だか知らない場所にいるかのように落ち着かない。 納得すると同時に最後に見た血まみれの手を思い出してアツシはハッとして起き上がった。 「ロイさん手は……っぅ、」 飛び起きようとして腰の辺りに衝撃が走る。 何とも言えない違和感を感じて思わず腰ともお尻ともつかない場所を押さえて蹲った。 痛くはない。痛くはないが中も外も物凄く重だるい。 初めての感覚に目を白黒させているとロイさんは肩をすくめた。 「君ね、襲われといて開口一番に人の心配してる場合?」 クスリと笑われたことでようやく何があったのかを思い出し、アツシは思わず赤面する。 ――そっか。昨日ロイさんに抱かれたんだ。 慌てて身体を確認してみるが思ったよりもさっぱりしている。裸かと思いきや、上にはロイさんのらしきシャツを着ていた。 下は流石にサイズが合わないからか下着のままだ。 色々汚れていたはずだが、身体の方も身綺麗になっていることはわかる。 つまり誰かが綺麗にしたということ――いや、この場にはロイさんしかいないんだから確実に彼だろうけれど。 拭いたのか風呂へ入ったのかまでは定かではないが……後者でないことを祈ろう。 でなければ恥ずかしさで死んでしまいそうだ。

ともだちにシェアしよう!