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第31話

「……っ、ん?」 立ちくらみとは違うが何だか下半身がふわふわとして覚束ない。何やらお尻にも違和感があった。 「…………ぁ、」 何だろうと考える間もなくコプリと小さな音と共に何かが溢れてくる。溢れる瞬間、排泄感にも似たゾクリとする快感を感じ取ってアツシは仰け反った。 「これ……なに?」 最初は何が何だか分からずぽかんとして溢れ出てきたものを受け止めたが、突然パズルのピースが合うように何であるかを悟った。 これ、もしかしてロイさんの――! 悟った瞬間、アツシは再び真っ赤になってトイレへと駆け込んだ。 胸が痛んだがそんなこと言ってられない。 綺麗にはしてくれたのだろうが時間が経って奥にあった精液が降りてきたのだろう。 お腹を壊すと聞いたことがあるが全くそんな気配はない。 もしかしてオメガってそういうのにも耐性があるんだろうか。 あまり知りたくない情報だった。 とりあえずの手入れをしてトイレから出てきたアツシは改めて救急セットを手に取る。 中を見ると案の定、肩の手当てに使ったらしきガーゼ類が出てきた。 「……ううぅ……、」 これを貼るのか? 絵面的にも大分まずいだろう。 しかしこの痛みの中衣服は着れない。ここは恥を捨てて……いやでも……。 暫し――割と長い間悩んだものの、痛みには勝てず恥を捨てて胸へガーゼを貼る。 何が悲しくてこんな所にガーゼを貼らなくてはいけないんだ。というか、これ見られたら変態確定では? 「もうやだ。ロイさんの馬鹿……っ」 恥ずかしさから思わず悪態を吐きながら鼻をすする。 しかし貼ったことで固定されたからか、痛みはだいぶマシになった。 不快感が軽くなると少しだけ気持ちも上がってくる。 アツシは救急セットを仕舞うと改めて自身の服を見やった。 やはりロイさんの私物だったようで、着ているシャツはアツシのものより明らかに大きい。 身長はそう変わらないはずだが体格が違うからか完全に着られていた。着ていたのはシャツだけだったが大きい分パンツまでしっかり隠れている。 ――というか、このパンツは一体……。 着心地からして新品のようだがまさか買いに行ったのだろうか。 そこまでさせてしまったとすると後が怖い。 彼は理不尽なことも平気で押し付けてくるのだ。 きっと明日からこき使われることだろう。 この胸のこともあるし、憂鬱だ。 アツシは盛大にため息を吐いた。 「アッシュ君次これお願い」 「これもね」 「アッシュ君重いからこれ持ってって」 「アッシュ君あちらのお客様にお渡しして」 「アッシュ君、あとあれを」 「アッシュ君、」 「ちょっと、お待ちください……」 お店にて、ロイさんは容赦なく次から次へと頼みごとを持ってくる。 あまりにもひっきりなしに呼ばれる為客入りは落ち着いているのに一人でバテそうな程の大汗をかいていた。 裏へ逃げ込むと思わずトレイを抱き抱えたまま壁際にずるずると座り込む。 つ、疲れた……。 ロイさんはというと、結局手袋をして仕事をする事にしたようだ。 本来なら指の感覚は繊細で素手が一番良いはずだ。 その為に指抜きされた白い革手袋は普通のものより随分と薄い。 それと怪我のところだけを絶妙に隠してなるべく露出するように作られていた。 どう見てもオーダーメイドしたもののようだがたった1日でどうやって入手したのやら。 その辺りのことは全くもって不明だか、手のひらが少しだけ見えるように作られたそれがセクシーで良いとお客には好評のようだ。 とはいえ、やはり動かしにくいらしく時折お客に見えないところで手を隠すような仕草を見せる。 まだ痛むのだろうかと思うとつい何とかしたくなってしまう。 ――でも、よく考えたらある意味お互い様だよなぁ。 アツシは無意識に噛まれた肩をするりと撫でた。 ようやく血が止まったばかりのそこはまだズキズキと痛む。幸いなのは予想と違って熱が出なかったことだろうか。 お陰で何とか職場にも出勤することが出来た。 心配していたユキオ達はというと、何だかんだ学校と部活が忙しいらしく昨日は来ていなかった。 まさかいない事にホッとする日が来るとは夢にも思わなかったが。 ……夢か。 ふと、この前起きた出来事を思い起こす。 まるで夢でも見ているかのようなあの出来事は夢ではない。腰の痛みは消えてしまったが、それを証明するようにアツシの肩には鈍い痛みが残っている。 『きもちい?』 『嫌じゃないでしょう。ここ、気持ち良さそうだよ』 「……ごほっ、!!」 思わず、あの時の焼けるような快感も思い出してしまい何もないのにむせ込んでしまった。 耳が熱い。 早く忘れて仕事に戻らなければ。 アツシは小さく深呼吸を繰り返すと気持ちを入れ替え―― 「アッシュさん」 予想外の至近距離から名前を呼ばれてビクッと肩が跳ねた。振り返ると立っていたのはキイトだった。

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