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第32話

「どうしたの?」 「どうしたのって、心配して見に来たんスよ!ロイさんなんか今日やたらアッシュさんに仕事振ってるし」 それは怪我した理由が理由だからなのだがそんなこと言えないのでアツシは複雑な思いで口を閉ざした。 「うわ、すごい汗!大丈夫っスか?」 「うん、ちょっと疲れただけだから。大丈夫だよ……」 しゃがみ込んだキイトは顔に張り付いた前髪を手で退けるとポケットから取り出したハンカチで拭ってくれる。 「汚れるから……!」 「なーに言ってんスか!ハンカチなんて拭くためのもんでしょ!」 慌てて後ろに避け手で制すがキイトはキョトンとした表情の後にハッキリと言い切った。 ほら、と押し付けられ今度は素直に受け取る。 「ありがとう……」 「いいんスよ!無理しないで少し休んでてください」 「でもフロア……」 「大丈夫っスよ。俺それまで回すし、今そんなに客いないっスから」 そう言うとキイトはアツシの持っていたトレイをひょいと奪う。 「ごめんな」 「気にしない気にしない!落ち着いたら戻ってきてください」 それだけ言い残すとキイトはフロアへと戻って行った。 正直疲れているのでキイトの申し出は助かる。 自分で言ったことだけにあまり強くは言えないがまさかこんなに大変だとは思わなかった。 ロイさんももう少し遠慮してくれたら良いのに、と考えてあの人が遠慮とかするはずないかと即座に自身の考えを否定する。 だってロイさんだし。 したいこと、したくないことがはっきりしている分何でも好き勝手にする人だ。 それでも憎めないのは何なのだろうな。 今の関係だって嫌ならちゃんと断ればいいのだ。 それでも彼を目の前にすると拒否の言葉が口から出てこなくなる。 自分で自分の気持ちが分からない。 ――どうしたいんだろう。俺も、あの人も。 アツシはしゃがんだまま借りたハンカチを握りしめた。 これ、後で洗って返さないとな。 とりあえずそろそろ戻ろうかと考えているとまた近くに影がさした。 キイトが戻ってきたのだろうかとそちらを向くと立っていたのはロイさんだった。 「ろ、ロイさん」 「なぁに、お化けでも見たような顔して」 「いえ、」 ちょうど考えていたばっかりなのでつい顔を逸らしてしまう。 我ながら知らぬふりが下手だ。 その事に少しだけ脱力していると何やらじっと視線を注がれているのに気づいてアツシは首を傾げた。 「それどうしたの?」 それとは手に持っているハンカチの事だったらしい。 「あぁ、今キイトに借りたんです。後で返さないと」 「……ふぅん」 それだけ言うとロイさんは目を細める。 何だろう。何だか居心地が悪い。 「えと……仕事、戻りますね」 間が持たなくてそう言って逃げるとすぐ様腕を掴まれた。 ちょっと力が強くて痛い。 「あ、あの……」 「アッシュくん、フロアは良いからさ。備品チェックしてきてくれる?」 ニコリと笑われ、アツシは何も言えずにコクリと頷いた。 倉庫へと入るとアツシは手探りで壁際のスイッチを探す。 目当てのものが触れるとパチリと灯りをつけた。 壁に沿って棚が置かれたここにはお酒の在庫や消耗品なんかが置いてある。 お酒を触ることはあまりないが、消耗品はしょっちゅう取りに来るので何だかんだ慣れた場所だ。 「えーと、」 アツシは棚に置かれた黒い備品チェック用のファイルを取り出した。 パラパラとめくり最後の欄を探す。 「あった……ん?」 最後の日付を見ればつい数日前にチェックを入れたばかりだ。 過去のものを見比べてみても極端に減りが早い数字もないし、特に今すぐ確認が必要なようには見えない。 首を傾げていると後ろから足音が聞こえてきた。 ガチャリとドアノブを回して入ってくる。多分ロイさんだろうと当たりをつけ、振り返りもせず声をかけた。 「ロイさん、これもうチェック済んで……、」 「んー、どれ?」 後ろからやってきた彼はアツシの肩口に顎を乗せ、覗き込むようにしてファイルを見つめる。 「あぁ、ホントだ」 体を支えるついでとばかりにするりと腰を撫でられ、思わず背中が震えた。 この体勢は逃げられない。 それでも何とか身をよじると慌ててファイルをロイさんに押し付ける。 「じゃ、必要ないですね!」 「でもほら、ペーパー類が抜けてるよ」 慌て過ぎてページが開いたままだった。 押し付けられたページを指差して指摘される。 どれだと覗き込んで見れば確かにペーパー類のチェックが抜けて空欄になっていた。 確認者のサインはキイトだ。 キイトめ……。 ちゃんと確認してくれよとは思うものの、さっき労わってくれたばかりなので悪態も付けない。 同じところを見ていたのか、後ろから伸びてきた手がキイトのサインをなぞった。 「彼、随分懐いているね」 「え?」 なんの事だろうか。というかキイトがアツシに懐いているのなど今に始まったことではない。 アツシが疑問符を浮かべているとそのうち腰元をまさぐりながら手が上へ上へと伸びてきた。 「ちょっ、とロイさん……ダメっ、ン……!」 「……アッシュくん、これなぁに?」

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