ロイさんのところはなかなかに高級なマンションなのできちんとコンシェルジュが待機している。 値段は……恐ろしいので考えたくない。 「こんにちは」 「いらっしゃいませ」 よく見かけるコンシェルジュのお兄さんはアツシを見ると綺麗にお辞儀をしてくれた。 「お待ちしておりました。ロイ様よりお預かりしておりますのでこちらをどうぞ」 ロイさんの本名を出さないところは徹底しており、ここでも呼び名はお店と同じだ。 勿論契約などは本名だとは思うが、そもそも偽名でも通るよう知り合いのツテを当たったと言っていた。 そんな場所なのでアツシのことも彼はよく知っているというわけだ。 ホント、規格外の人だよなぁ。 偽名必須のお店を作ったり本名を出させずに生活したり。 普通の生活ではありえない事ばかりだ。 それでも周りに疑問や違和感を感じさせないのはある意味才能だろうか。 鍵を受け取ったアツシはいつも通りロイさんの部屋を目指した。 部屋の前で一応インターホンを鳴らしてみるが案の定反応がない。 なのでさっさと鍵を使って扉を開けると部屋の中へと上がり込んだ。 ついこの前来たばかりなので何だか気持ちがそわそわとして落ち着かない。 リビングはもぬけの殻で起きてきた気配もなかった。 寝起きの悪いあの人のことだ。ロイさんはきっとまだ寝ているのだろう。 待っているのは落ち着かないからと、アツシは寝室まで起こしにいくことにした。 「ロイさーん」 コンコンと寝室の扉をノックするが返事はない。 仕方なしに扉を開けると大きなベッドの上に紺色の頭が見えた。 そういえばこの人うつ伏せで寝るんだっけ。 なぜか分からないがロイさんは枕に顔をうずめ、枕を抱えたままうつ伏せで眠る癖がある。 自分も横向きでないと眠れないので癖になるという気持ち自体は分かる。 分かるがしかしその体勢で苦しくないんだろうか？ 「ロイさん、起きてください」 「……ん、」 揺さぶるが寝息が聞こえるだけでなかなか起きようとしない。それでも尚揺さぶり続けると唸り声のような愚図る声が聞こえる。 「ロイさん、もう昼過ぎましたよ」 「……ん゛ぅ」 意外とこういうところは子供っぽい。 いや、割と元から子供っぽいかもしれない。 そんなロイさんの姿を見ていると何となく胸の辺りがきゅぅっと苦しくなってアツシは首を傾げた。 何だ？ 思わず手を留め胸の辺りを触ろうとし――その手を布団から伸びた手に掴まれびくりと肩が跳ねた。 と同時にぐいっとベッドへと引き込まれる。 「うわ……っ」 ボスンとベッドへとダイブするとそのまま腰に腕を回され正面から抱きしめられる。 ロイさんはというといつの間にか横向きに変わっていた。 ただ、向きが変わるとやはり寝苦しいのか眉間に皺を寄せてアツシの腹部に顔を埋めて唸っている。 ちょっとくすぐったい。 いや、っていうか起きろよ。 「ちょっと！ロイさん、寝ないで！！」 「んー？」 そのまま寝ようとするので慌てて文句を言う。 ぐいぐいと肩を押し返すがビクともしない。 こ、こんなところで非力さが浮き彫りになるとは思わなかった。 いきなりのことに心臓がバクバクと早鐘のように鳴る。 えっちな事をする以外でこの人にこんな至近距離で近づくなんて事はない。回された腕が温かくて何だか落ち着かなかった。 揺すろうと大声を出そうと全く微動だにしないのでやることがなくなり、アツシは横からまじまじとロイさんの顔を覗き込んだ。 色白で、こんな生活サイクルだというのに肌が滑らかだ。 思わずするりと肌を撫でると気持ちの良い触れ心地が伝わってきた。 なんでこんなスベスベなんだろう。 思わず何度も頬を往復してしまう。気持ちいい。 そのうち指に乱れた前髪が触れた。 いつも隠れている左側が覗く。 ――あ、 無性にちゃんと顔が見たくなって起きないかハラハラしつつ、アツシはそっとロイさんの髪をどかしてみた。 傷も何もない瞼は静かに閉じている。 左目は少し視力が悪いと昔ロイさんが言っていた事がある。 てっきり怪我でもして隠しているのかと思っていたが特にそんな事もなさそうだ。 まつ毛が長い。 アツシの指に触れるとくすぐったいのか少しだけ眉間にシワが寄った。 するとまたきゅうっ、と胸の内が締め付けられるようなもどかしい気持ちになる。 ――気付きたくない事実だけど俺、この人の顔に弱いのかも。 切れ長の瞳に長いまつ毛。眉はほっそりと長くて歪みがない。鼻筋も通っていて何より彫りが深い。 唇も厚すぎず薄すぎない綺麗な形をしていた。 滅多に見ない左右対称の美しいバランスの取れた顔は見ていてドキドキする。 目を閉じている今ですらこんなにドキドキしているのだ。 真正面から見つめられたらどうなってしまうのか。 何となく予感はあったのだ。 だってあれだけ嫌がらせ紛いのことやパシリのようなことをされていて何だかんだ7年一緒に働いている。 好きなとこの１つや２つなければ一緒にいられないだろう。