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第36話
だからって顔が好きとは身も蓋もない話である。
そういえばえっちなことをされた時もこの人の目を見るとつい抵抗出来なくなってしまう。
え、あれって顔が好きだから抵抗出来なくなるのか?
それってかなり末期――というか人としてどうなんだろうか。
そうは思うものの、すやすやと眠る上司の顔はいつもよりあどけなくなんというか……こう……可愛い、かもしれない。
「嘘だろう……」
アツシは思わず手で顔を覆った。
まさかの自身の性癖をこんなところで知るとは思わなかったのだ。
複雑な思いで悶々としているとようやくロイさんが重たい瞼を開けた。
「お、おはようございます」
慌てて声をかけたものの、頭が働いていないのかロイさんはぼうっとしたままこちらを見上げている。
寝起きだからだろうか。
ぽやんとした表情は何だかいつもより少し幼く見える。
普段見上げられる事などないからか、いつもとは違うギャップにまた胸の辺りが締め付けられた。
途端に恥ずかしくなって腕の中から抜け出そうとするが力が強くて抜け出せない。
何でそんなとこばっかりしっかりしてるんだ!
赤面しつつも結局どうすることも出来なくてアツシはロイさんを見下ろした。
「…………なんでいるの?」
たっぷり間を持たせた後でロイさんは不思議そうに首を傾げる。
「貴方が呼んだんじゃないですか」
「……あぁ、そうだった。おはよ」
「……おはよじゃないですよ」
寝起きとはいえ、自分で呼び出した癖に忘れられるのは複雑だ。
まぁでもそのせいか昨日のような雰囲気はない。
それだけでもホッとした。
「ところでさ、この格好何なの?」
「いやいや貴方が引っ張り込んだんでしょう!」
「ふーん」
自分から聞いたくせにロイさんさ素っ気なく返す。
あれ、やっぱり何か怒っているんだろうか。
じっと下から見つめられると何だかそわそわした気分になって落ち着かない。
「は、早く離してください」
「んー、やだ」
やだって何だ!子供か!
思わずロイさんの方を見ると目が合った瞬間ふわりと笑われる。
途端に頬が熱くなってアツシは顔をそらした。
何なんだ。今日の自分はちょっとおかしい。
このドSな上司がやたら可愛く見える。
「ねぇ。アッシュくんてさ、僕の顔結構……いやかなり好きだよね」
「……っう、」
図星を突かれて思わず口篭る。
ついさっき自覚したばかりだというのに早速バレてしまった。そんなに自分は分かりやすいだろうか。
「顔に出てるからね」
やはり顔に出たのか、ロイさんは返事をしなくても言葉を返してくる。まるでリョクと話をしているようだが、親友の時とは違って居た堪れない。
「でもそっか。へぇ……アッシュくんは僕の顔そんなに好きなんだ」
ニヤニヤとロイさんはこちらを見て笑う。
やめろ笑うな!
恥ずかしくて思わず手で顔を覆っているとすぐ近くで視線を感じた。
顔を上げてみるとかなりの至近距離でロイさんと目が合う。
瞬くのに合わせてまつ毛の音が聞こえてきそうなほどの距離に心臓が跳ねた。
「な、にしてんですか……っ!」
「えー、だって好きなんでしょう?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらロイさんは頬を擦り寄せてくる。
滑らかな頬が自身の頬にくっつけられアツシは恥ずかしさから慌ててロイさんを突っぱねた。
「ちょ、待って!」
「えー、何で?好きな顔が近くに来て嬉しいでしょ?」
さもは当たり前のように言われ、アツシの頬がひくりと引きつる。しかし染まった頬の赤みだけはどうしようもなかった。
「ロイさん、恥ずかしげもなくよくそんなこと言えますね……っ」
「えー、だって本当のことでしょ?」
至近距離で斜めに覗き込まれると流れた隙間から左目が覗く。
途端、心臓の鼓動がうるさくなる。
もうやだ。我ながら馬鹿正直で本当に困る。
その目で見つめられるとそわそわと落ち着かない。
真正面から見れなくなってあちこちに視線を彷徨わせるとロイさんの口からクスクスと笑い声が漏れた。
居た堪れなくなって思わず彼の目を覆うと、その手を掴まれ指の関節部分を軽く噛まれた。
びくりと肩が跳ねる。
「な、にしてんですか」
「別に」
そう言いつつ、ロイさんは気配だけでこちらの様子を伺っている。
反応したら負けな気がして素知らぬふりをしていたが、そのことに気づいたらしいロイさんもまた目を覆われたまま甘噛みを続けた。
最初は指先だけだったが、そのうち指先から付け根付近まで口の中に迎え入れるようにして食み続ける。
指の関節に口付けたかと思うと人差し指と中指の間をねっとりと舐め上げた。
口元の赤い舌と真っ白な歯だけが見える。
吸い上げた時に出るちゅうっという音がいやらしい。
まさか舐められるとは思わずアツシは目を見開いた。
「ちょ、降参!降参します……っ!」
「やぁだ」
慌てて手を離すとそのままがしりと掴まれた。
目が合うと関節部分にキスをしながらニヤリとほくそ笑まれる。
絶対わざとだ……!
顔が熱い。目をそらすとすかさず片手で顎を掴まれ戻された。
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