まさかその話とは思わずキョトンと瞬きをしてしまう。 それにユキオは気まずそうな様子だったが、真面目に聞いているのはその雰囲気から十分伝わっていた。 「前にも言ったけど、俺には必要ないから……」 そう、言いかけて言葉が途切れる。 本当にそうだろうか。 よくよく、自分の気持ちを考えてみるとそれだけとは言いきれなかった。 ふと、リョクが来た時の言葉を思い出す。 『怖かったですね』 ――そうか。 「……本当は、怖いからかもしれない」 ユキオが静かに顔を上げる。 アツシはユキオの隣に座り直した。 「自分が自分でなくなっていくようで怖いから。だから番を作りたくないのかも」 ロイさんやユキオが変わっていくのに戸惑ったのは勿論だけれど、何よりアツシは自分の変化か怖かった。 何も知らなかったはずの身体がアルファを求めてどんどん変わっていく。 身体の内側から組み変わっていくような、今までの自分が音もなく消え去って行くようなそんな気がして、それがアツシにはとても怖かった。 「ユキオが俺を番にしたいのはどうして？」 ユキオは無言のまま俯いていて答えない。 答えられないのかもしれない。 アツシの中には1つ、ずっと気になっていることがあった。 タイガとユキオの関係性だ。 ユキオはタイガのことを誰よりも信頼している。 勿論アツシにも懐いてくれていて時には周りが驚くくらいの過保護さを見せる時もある。 それでも出会ったばかりの小学生の頃から、ユキオの世界でタイガの存在は大きかった。 今だってユキオにとってのタイガは自分からは絶対に離れない存在という認識なのだ。 でなければアツシの番になるなんて言葉は出てこない。 たとえアツシの番になったとしてもタイガならば絶対に自分から離れないという無意識の自信があるのだ。 そんなユキオが心理的に揺さぶられることなんてタイガのこと以外有り得ない。 「間違ってたらごめんね。俺の為っていうよりは……タイガの為？」 それまで何も反応を返さなかったユキオがつい、と目を逸らした。 あぁ、やっぱりかとアツシは内心腑に落ちた。 どうもおかしいと思っていたのだ。 ユキオはタイガから離れようとしている。 理由は分からない。けれど、今の様子を見れば無理してそうしているのなんて一目瞭然だ。 「いつまでも俺にべったりついてる訳にいかないだろ」 「じゃあ、タイガが番作ってもいいの？」 「それは……俺が決めることじゃない」 隠していても分かる。ユキオの表情は泣きそうに歪んでいた。 どうして無理して離れなければならないのだろうか。 タイガに好きな人でも出来たのか。 いや、それならわざわざこんな回りくどいことはしないだろう。ユキオのことだ。タイガに本気で好きな相手が出来たら二度と会わないくらいのつもりで送り出すに違いない。 タイガだってあれだけユキオにベッタリなのだ。 ユキオのことを少なからず想っているのだと思うのだが、ユキオにはどうも伝わっていないらしい。 そんな苦しそうな顔するくらいなら全部ぶつけてしまえば良いのに。 そう思いはするが、きっとそれは第三者だからなのだろう。 それ以上は何を聞いてもユキオが答えなくなったのでアツシも諦めてそのまま様子を見ることにしたのだった。 「キイト！」 休憩室から出てきた所に出くわしたアツシは慌ててキイトを呼び止めた。不思議そうに首を傾げるキイトにすかさず用意しておいたハンカチを手渡す。 「この前はありがとう。助かった」 「あぁ！いいんスよ、困った時はお互い様っしょー！」 ニコニコしてキイトはハンカチを受け取るが、それ自体はキイトに借りたハンカチじゃない。 アツシがあちこち探し回り、店を5件もハシゴしてようやく見つけた新しいハンカチだ。 いくらなんでもあんなことに使ったあとでケロッとして返せる程アツシは図太い神経を持ち合わせていなかった。 ――キイト、ほんっとにごめん。 アツシは胃が痛くなりながらも心の中でキイトに謝り続けた。そもそもロイさんが悪いのだが、借りたのは自分だと思うと申し訳無い気持ちが先に立つ。 だいたい、ロイさんの事だ。文句を言ったらまた何か仕掛けてくるに違いない。 ここは黙っているのが正しいのだろう。 とりあえず新しいハンカチを渡すという目的は達成出来た。 これで良しとしよう。 ニコニコするキイトを見つめながらアツシは自分の気持ちを誤魔化した。 その後、アツシ達はいつも通り仕事をこなす。 これと言って変わり映えはなく、新規の飛び入り客も少ない。常連客が賑わう店の雰囲気は落ち着いたものだった。 そんな、人入りもある程度入ってきた午後8時過ぎ頃のこと。2人連れの男性客が店へと入ってきた。 「こんばんはアッシュ」 声を掛けられ振り返れば、自身の親友が穏やかな笑みを浮かべて玄関に立っていた。