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第46話
「そういえばその後はどうですか?」
「どうって……?」
「変わったこととかありませんか?」
変わったこと、と言われて咄嗟にこの前の抱きしめられた時のことを思い出す。
そんな事思い出す必要なんかないというのに頬を擦り寄せてくるロイさんを思い出す。ボッと音がしそうな程頬が赤らんだのを感じてアツシは慌てて下を向いた。
――いやいや、なんで今思い出すんだ?!
どう考えてもここで赤くなったら変に思われるだろう!
案の定、驚いたようにリョクは目を見開いている。
早く元に戻らなければと思うが焦って余計に赤くなる始末だ。
それを見て何かを察したのか、リョクは目を輝かせてアツシの手を握る。
「良いんですよ!遠慮せず!何かあったら心置き無く相談してくださいね!」
「う、うん」
何でリョクはこんなにわくわくしてるんだろう。
そう思いはしたが何となく聞きにくくて頷くに留める。
というかあまりにもキラキラした目で見られるので雰囲気に気圧されていた。
それに、実際話すにしてもなんと話せばいいのか分からない。
顔が良すぎて流されています?
いやダメだろう……。
なんかセリフ的に人としていけない気がする。
けれどいつまでもこのままで良いわけではない。
それに、オメガとして生きるならば今後について色々考えなくてはならないことがあるのも確かだった。
「そのうち……ゆっくり相談させて」
「勿論、いつでも良いですよ!」
そのあともお互いの近況を話し合い、シキさんへの愚痴を聞いている間にシキさんの話は終わったらしい。
今回は結構短かったなぁ。
「外に案内してあげて」
「はい」
ロイさんに言われて頷くと、彼は先に部屋を出ていく。
さて、見送りをするかと扉を開けようとしたところでシキさんに二の腕を掴まれそのまま後ろに腕を引かれた。
背中に温かさを感じる。
何だろうと後ろを見ようとしたところでぼそりと耳打ちされた。
「アイツのことよく見ておけよ」
なんの事だろうか。聞き返そうとして振り返るがその前にシキさんの手をリョクが叩き落とした。
バチンッと結構凄い音がした気がするが大丈夫だろうか。
「いってぇ!!」
「アッシュに触んないでください」
身体ごと引き剥がされ、そのまま掴まれていた所をゴミでも取るかのように丁寧に払われる。
「ひっでぇ!!」
「当たり前ですよ。セクハラ発言ばかりするんですから」
「なーにヤキモチか?」
「くたばればいいのに」
汚物でも見る様な蔑んだ目でリョクはシキさんを見る。見上げているのに見下している感が凄い。
それを聞いてシキさんが抗議の声を上げるがリョクは聞いちゃいない。
「シキさんがうるさくてすみません。また今度ゆっくりお茶でもしましょうね」
「うん。また連絡する」
アツシが頷くのを見届けて満足したらしいリョクはシキさんの腕を引いた。
「さ、帰りますよー」
「へーへー、わっかりましたよー」
不貞腐れた顔をしつつもシキさんは素直に歩き出す。
嵐のように去っていく二人組を見送りながら、アツシはシキさんの言葉の意味を考えていた。
よく見ておけよ、か。
アイツというのはロイさんの事だろうが、何のことだろうか。シキさんのアドバイスは言葉が少ないのでわかりにくい。何だかなぞなぞのヒントのようだ。
疑問には思ったものの、いつまでも立っているわけにもいかないのでアツシはとりあえずその疑問は頭の隅へと追いやり仕事を再開することにしたのだった。
翌日、アツシは病院へと来ていた。
オメガかどうか検査してもらったあの病院だ。
この前ロイさんに病院へ行った方がいいと言われたのを思い出し、急遽行くことにしたのだ。
どうせ月一で定期検診には行かなければいけないので丁度いいだろう。
とはいえ、病院というところは何だかそわそわと落ち着かない。
先生が採血の結果を見るほんの数十秒の間すらドキドキと嫌な鼓動が聞こえる気がしてアツシは診察室の椅子の上で肩を縮こませた。
「んー……。前回と比べて数値がかなり上がっていますね。ただ、下がっているところもあるのでもしかしたら灰谷さんはとても不安定になりやすい体質なのかもしれません」
それも何度かヒートの後に来てもらわないと確証はありませんが、と言われる。
「それって薬とかで落ち着かせることは」
「オメガのフェロモン安定剤には強い副作用があるので良くなるかは分かりません。飲んでみて大丈夫なようならそれでもいいかもしれませんが、あまり期待しないで下さい」
どうしますか、と聞かれて思わず言葉に詰まる。
初日に副作用の様子も聞いている。
渡された用紙に書かれた副作用の欄は吐き気頭痛目眩のオンパレードだった。さすがにそれはちょっと怖い。
「もう少し、様子を見ます……」
怖気ついたアツシはそう言って問題を先送りにすることにした。
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