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第47話

怖いものは怖いのだから仕方ない。 「その方がいいと思います。まだ一時的なものという可能性もなくはないですし。あとは……そうですねぇ」 腕を組んで先生が言葉を探す。 「大抵フェロモンの出が不安定な方は番が出来ると落ち着きますので出来れば早めにそんな方を見つけるのが良いと思います」 「はい……」 そう言われても困る。 番というワード自体は最近よく聞く言葉だ。 けれどいまいち実感が湧かない。 アツシの両親はベータであったし、親戚にもオメガがいるとは聞いていない。番になった人達をアツシはあまり知らなかった。だからなのか、いまいち番いというものを、理解し切れないというか。しっくりこないのだ。 最初の話でも体感的にも、フェロモンはかなり薄い方だったので今まで通り過ごしていけると思っていたが甘い考えだったらしい。 「ただいま」 「おかえりー!」 玄関に靴を見つけ、リビングに声を掛けるとタイガが顔を出した。その後ろにはユキオが定位置に座っているのが見える。特に変わった様子はなく、見た感じはいつも通りだ。 「お疲れさん!で、どうだった?」 心配そうにこちらを見るタイガに病院で聞いたことをそのまま伝える。話しながら椅子に腰かけるとタイガが難しい顔で頷いた。 「副作用かぁ。俺も調べたけど結構それって酷いらしいよな」 「うん。だからもう少し様子見する事にしたよ。一時的なものって線も捨て切れないし」 ほぼないとは思うが、またフェロモンの薄い状態に戻る可能性を捨て切れない。むしろそれが理想的だ。 そうならないにしてもこれ以上体調が酷くなるのは都合が悪い。 仕事が出来ない状態になるのは困るのだ。 「そっか。ならくれぐれも無理するなよ」 「ん、分かってるよ」 それから3人で昼食を囲み、いつも通り過ごすと夜には2人とも帰って行った。 精神的に緊張したせいか早々と眠くなってしまったアツシは2人が帰るとすぐ様ベッドへと横になる。 ふと頭に浮かぶのはユキオのことだ。 今日のユキオはいつも通りに見えた。 けれどあの子のことだからそう見せているだけかもしれない。 本当は人のことを心配している場合ではないのだろうが、その事ばかり気になってしまう。 「ゆきお……大丈夫かな……」 つらつらとそんなことを考えているうちにだんだんと瞼が重くなってくる。 そのうちアツシはストンと寝落ちてしまった。 * * * * * お店のベルがカランと音を立てる。 「いらっしゃいませ」 ――あ、 振り返って先にいたのが見知った顔でアツシは思わず動きを止めた。 「こんばんは、リュウさん」 「…………どうも」 彼は|劉《リュウ》 |一鳴《イーミン》さん。中国出身の彼は外交関係の仕事をしているらしく、たまにここを利用しているお客さんだ。 前髪が短いからか、つり目がちの瞳がよく見える。 男性にしては珍しく髪が長いのだが、後ろでひとつに束ねているので清潔感がある。 手足がスラリと長くて綺麗だ。 彼はただのお客さんというわけではなく、ロイさんの「オトモダチ」の1人である。 しかもVIPルームに入ることが出来る人物なのだ。 つまりは彼もロイさんにとって有益な人物の1人ということになるが……彼についてアツシはあまり知らない。 何しろアツシの事を嫌っているらしく、滅多に近づいて来ない上に視線がキツい。 今も挨拶しただけだというのに明らかに剣呑な目付きに変わってしまった。 とはいえ、ロイさんのオトモダチにはよくある事だった。 彼らは一様にロイさんを慕っているので、お気に入りと言われているアツシに対しての対応が3パターンに別れている。 1つは完全に存在を無視して気にしないタイプ。 これは害がないので大変ありがたい。 このタイプの人達はロイさんしか見えていないのでそもそもアツシだけでなく他人そのものがただそこに「ある」としか認識していない。 こういっては何だかその辺の石ころと大差ない扱いである。 盲信度はかなり高いと言えるだろうが、一番害がないタイプだ。 もうひとつは逆に興味を引かれてちょっかいをかけてくるタイプ。これは度が過ぎるとロイさんが怒るのであまり居ない。どちらかというとオトモダチというよりはロイさんの上客に多いタイプだ。 そして1番多いのがリュウさんの様に警戒心剥き出しにして視線だけで突っかかってくるタイプ。 基本ロイさんの前では大人しいので今のところそれ以上のトラブルにあったことは無い。 ――それでもちょっと怖いんだよなぁ。 身長は殆ど変わらないが、威圧的なせいでこちらの方が小さくなってしまう。 とはいえ、今の時間で部屋に入れるのは自分だけなのでアツシが案内するしかない。 「……こちらへどうぞ」 「……」 ――無言で睨むのやめて……! 背中からビシバシと棘のような威圧を感じる。 今まで気づかなかったが、この子は多分アルファなんだろう。睨まれているだけで手足がすくんで動けなくなるような錯覚を覚える。 存在するだけで圧を感じるのだからオメガにとってアルファがいかに大きい存在なのか思い知らされる。 しかしロイさんが来るとリュウさんは途端にそれを霧散させた。 「やぁイーミン」 「……ロイさん!」 ぱっと花が咲くような笑顔を見せたかと思うと嬉しそうに彼の側へと寄っていく。

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