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第49話

――あれ、なんで?! そんな雰囲気でしたっけ?とロイさんとリュウさんの事で頭がいっぱいだったアツシは慌てて相手を押し返すがやはりビクともしない。 相手にアルファの気配はない。ということは、単にアツシと密着したのに興奮しているだけだ。 男に告白されるのも初めてならば距離を詰めただけでこんなに興奮されるのも初めてだ。 どうすればいいのか分からず戸惑っているうちに頬に手を添えられた。 触れる瞬間、耳にも触られて無意識に声が漏れる。 「ンっ……あ、その……っ!」 声が漏れ出たことにあとから気づいて取り繕うとするが、上手く言い訳出来ずアツシは真っ赤になって下を向いた。 何だか前よりも過敏になっている。 それもこれもロイさんのせいだ、と責任転嫁しているうちにがしりと両肩を掴まれた。 「アッシュくん……意外と大胆なんだね」 「や……何、ひ……っ!!」 興奮した相手に首筋へと鼻を埋められビクンと肩を跳ねさせる。 「ちょ、やだ……っ!!」 「あれ?――なんだ」 ぞわりと嫌な汗が吹き出る。 咄嗟に首筋を庇うようにして手でガードするが遅かった。 「アッシュくん、オメガだったんだ。同じベータだと思ってたのに」 「あ……っ、」 これだけの至近距離にいるのだ。首輪が見えたに違いない。カミングアウトする以外でバレたのはロイさん以来だった。 「――今のもわざとでしょ?さすがオメガ」 「ち、違います……!」 「でもオメガって感じやすいんでしょ?こういうのし放題じゃん」 「ひ……っ、」 お尻と腰の間の絶妙なポイントをグッと押されて声が漏れた。 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべられて血の気が引いた。 さっきまでの好青年な様子は掻き消えている。 それが素なのか、それともオメガと分かって気が変わったのかは分からない。 世の中にはオメガを性欲処理の道具としか思っていない輩も存在するのだ。 ――気持ち悪い……! ぞわぞわとした刺激に耐えかねて振りほどこうと藻掻くが足の間に足を割り込まれ、グッと股間を刺激される。 それに驚いているうちに相手はアツシのシャツを捲くると腰部分に手を這わせた。 「い、やだ……っ!」 「でも感じてるでしょ」 「ひ、ぅ……っ、」 首筋を甘噛みされて身体がガタガタと震える。 警告を鳴らすかのように頭がガンガンと痛んだ。 ――怖い。 恐怖から体が上手く動かない。 なのに相手はそんなアツシの様子はお構い無しに自分の欲求を満たそうと手を伸ばしてくる。 「あーあ、いい人見つけたと思ったのに。でも、オメガならこういうの慣れてるでしょ。俺オメガの人としたことないんですよねー。1回でいいんで付き合ってくださいよ」 「……や、」 スラックスの上からお尻をするりと撫でられ身体がすくむ。 「い……っ、たい」 強めにぢゅっ、と首筋に吸いつかれて思わず悲鳴をあげる。 ――こわい、 ダメだ、思考が上手く回らない。 兎に角その場から逃げ出そうと藻掻くが直ぐに壁へ両腕を縫い付けられた。 「首輪してるってことは番もいないんでしょ?なんならヒートの時だって相手出来ますよ」 「……っ、」 嫌だ。触られたくない。 逃げ出せないならば大声を出そうと口を開くが声にならない叫びが喉の奥に居座るだけだった。 恐怖で声が出ない、とはまさにこのことを言うのだろう。 ――なんで……。 何故か一瞬、ロイさんの顔が頭をよぎった。 どうして今、あの人の顔が浮かぶんだ。 なんであの人の手と比べようとしているんだ。 ――嫌だ。触られたくない。 なら、|あの人《ロイさん》なら良いのか――? 分からない。 分からないのに涙が溢れて止まらなくなる。 その一方で、気持ちはこんなにも嫌悪して拒絶しているのに身体が快楽に身を預けようと力が抜けていく。 ――嫌だ。 「オメガなんてどうせ孕むしか能がないんだから少しくらい社会貢献したら?」 気味の悪い笑みを浮かべて、長い腕がアツシに向かって伸びてくる。 ――いやだ……っ、 脱がそうとする腕を必死に掴んで抵抗する。 たとえ震えて添えるだけになったて構わない。 あの人以外に触られたくない。 ――誰か……っ、 「――何してんスか」 歪む視界の中、すぐ後ろから聞きなれた声が聞こえた。 立っていたのはキイトだった。 手には追加のゴミ袋を持っている。アツシが出しそびれたものを持ってきてくれたのだろう。 押し倒されているのを見てすぐに状況を理解したキイトはアツシを庇うように間へ割り込むと相手の胸ぐらを拳で叩いた。 「い……ってぇな!」 歳も身長も相手の方が明らかに上だが、怒鳴られてもキイトは全く臆することなく相手を睨みつけている。 「な、んだよクソガキ」 身長差をものともせずずいっと近づくと無言の圧力をかける。むしろその様子に相手の方がたじろいだのが雰囲気で伝わってきた。 「それ以上何かすんなら警察呼びますけど」 言葉通り、彼の手には自身のケータイが握られている。 「……ちっ、」 それを耳に当てるとさすがに分が悪いと分かったのか、舌打ちを残してその場から去っていく。 その背中が完全に人混みへと消えるとようやくキイトはアツシの方を振り返った。

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