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第50話(※上げ直し)
※途中、4000文字分くらいごっそりと抜けていました。失礼しました。
「大丈夫っスか?」
「ありがと……」
キイトが来てくれて良かった。ここは他の店より奥まっている分、人があまり通らないのだ。あのまま誰も来なかったらと思うとゾッとする。
しかし安心すると同時に力が抜けてしまい、アツシはその場にしゃがみ込んだ。
「怖かったですね。もう大丈夫っスよ」
膝に顔を埋めるアツシの頭をキイトは抱き込むようにして撫でてくれた。
知った声と撫でられる安心感からか、涙がボタボタと次々零れてくる。
「ふ……ぅ……、」
「うんうん、アッシュさん頑張ったっスよ。もう大丈夫」
ぐすぐすと泣くアツシをキイトはそう言って慰めた。
――怖かった。
オメガと分かった瞬間手のひらを返す様に手を出されるのも、完全に下と見なされてぞんざいに扱われるのも初めての経験だ。
こんなにも違うのかと恐ろしくなった。
何より、それに抵抗出来なくなる自分も怖かった。
この身体は快楽に従順に出来ている。それは自分の気持ちとは真逆の時であっても変わらないらしい。
そんな自分を知りたくなどなかった。
これでヒートがきたらどうなってしまうのだろう。
もし、あんな人達ばかりの所でヒートに陥ってしまったら……?
そう思うと怖くて仕方ない。
ぐすぐすとアツシが鼻をすすっていると、再び足音が路地裏に響いた。
「……何してるのかな?」
「あ……、」
――ロイさんだ。
あまりにも遅いため様子を見に来たのだろうか。
アツシとキイトの姿を見つけるや否や、ロイさんはすうっと目を細める。
口元はいつも通りにこやかに笑っているのに目の奥が笑っていない。
つい先程負の感情をぶつけられたばかりのアツシはそれに過剰な程肩を震わせた。
それに気づいたキイトがアツシの背中をそっと撫でる。
しかしロイさんはそれが気に入らないらしく、視線はなおのこと厳しくなった。
「何してるのかって聞いてるんだけど」
答えられないのかな?と表面上は笑顔のまま、ロイさんはにこやかに尋ねる。それが逆に怖い。
「あ……、」
「俺が説明してきます」
アツシの肩をぽんと叩くと少し離れた所でキイトは代わりに事情を説明し始めた。
説明を聞く間、ロイさんはちらりとアツシの方を見やる。
何となく顔が見れなくなってアツシは咄嗟に俯いた。
この人には、あまり知られたくない。
何故そう思ったのか分からない。
あの時咄嗟にロイさんの顔が浮かんだように、今の自分を見られるのがとてつもなく嫌だった。
なんでだろうか。
どうしてロイさんのことを思い出したんだろう。
どうして、あの人以外に触られたくないと思ったんだろう。
――おれはロイさんのこと、
「アッシュ君、」
そんなアツシの思考を遮るようにロイさんはアツシの名前を呼んだ。
「事情は聞いたよ。その客は今後出禁にするね。ただ、詳しく聞きたいから悪いけれどアッシュ君はもう少し残ってくれるかな」
「……はい」
「俺も」
残りましょうか、とキイトが続けるがロイさんが首を振る。純粋にアツシを心配しての発言だろう。
「あんまり聞かれたくないだろうから」
確かにあまり聞かれたくはない。
そもそもオメガであることをキイトには話していないのでそこを聞かれるのは困る。
けれど今の不機嫌なロイさんと2人きりになるのもちょっと怖かった。
とはいえ、それを言えばさらに機嫌を損ねる事になるのでアツシは黙って頷いた。
「おかえりなさーい……って、アッシュちゃん!?」
お店へと戻ると私服のまま席で頬杖を着いていたマキさんが顔を上げた。
どうやら帰る前に挨拶をしようと待っていてくれたらしい。
しかし明らかに泣いた顔のアツシを見て何かあったと察したマキさんが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたのよ!大丈夫?」
「大丈夫です」
心配させまいとなるべく明るくそう答えるが、顔が強ばっている自覚があった。
これじゃあ逆効果だなぁとは思うものの、上手く笑えない。
マキさんはアツシの頬を両手で包み込みながらもロイさんの方をちらりと見やる。
どういうことか説明を求めているのだろう。
「ちょっとお客と一悶着あったみたいでね。これから詳しく話を聞くところだから、マキさんは先に上がってくれるかな」
「……大丈夫なの?」
心配そうにマキさんがアツシの顔を覗き込む。
「はい……、キイトが間に入ってくれたので」
「そうじゃなくて、」
そこまで言ってからしばし考え込んだ後、マキさんはそっとアツシに耳打ちした。
「何かあったんでしょう。アルファと2人きりで、大丈夫?」
思わずマキさんの顔を見上げると心配そうな眼差しと目が合った。
そうか、マキさんもアルファだった。
きっとアツシがアルファを見分けられるようになったように、|マキさん《アルファ》もオメガを見分けられるのだろう。
職場のオメガが明らかに泣き腫らした顔で戻ってきたのだ。何があったのか察しがついて、その上で心配してくれている。今度は目を見て頷いた。
「……大丈夫です」
「そう。それならいいのよ。でも!一人で帰るのが不安だったら直ぐに連絡しなさい!送ってってあげるから!」
「分かりました。ありがとうございます」
それでも心配なのか、マキさんはロイさんに何か一言二言耳打ちすると帰って行った。
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