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第51話
「それで、詳しく教えてくれるかな?」
「は、い……」
休憩室へと連れてこられたアツシは座ったままロイさんに続きを促された。
キイトは今頃大人しく帰宅している頃だろう。
さて、そう促されたはいいものの、何をどう話せばいいやら。
とりあえずゴミを捨てに行ったら待ち伏せされていたこと、好意を寄せられていたことを話すとロイさんの眉がピクリと動いた。
「……へぇ。それで?」
「それで、断ったらごねられて……弾みで、オメガだとバレてしまって……」
「ふぅん……」
さすがに感じたせいで相手がヒートアップしたとは言い難い。うまい具合に言葉を濁すと納得したのかしてないのか微妙な返事を返される。
「相手はアルファ?」
「多分、ベータでした。匂いがしなかったので」
きっと、あの人はオメガを下に見ているタイプの人なのだろう。
特にベータにとっては番もヒートも全く未知の領域である。だからこそオメガの特殊な身体について理解を示さない人も多い。
アツシがオメガとわかった瞬間に取り繕うのをやめたのはそのせいだろう。
「それで、どこを触られたの?」
「……へ?!」
いつの間にか目の前へとやってきたロイさんがアツシの顔を覗き込んでいる。
その視線から逃れるように顔を背けると必死に言葉を探した。
「え……っと……耳を、少しだけ」
「それだけ?」
「はい」
正直どこをどう触られたのかあまり覚えていない。
ただただ伸びてくる腕が気持ち悪かったことしか分からなかった。
「嘘。首、触られたでしょ」
跡ついてるよ、と言ってアツシの首筋をするりと撫でた。
それを聞いて唐突に首筋へ顔を埋められたことを思い出す。
あの時のだ。
ばっ、と手のひらで咄嗟に首筋を覆うが、すかさずその腕を掴むとロイさんは無理やり引き剥がした。
「あんまり無防備にしてるからいけないんじゃないの」
心底不快だといった風に眉根をひそめられて肩が跳ねる。目の奥が冷ややかで怖い。
前回遭遇した場所と全く同じシチュエーションなだけにあまり強く言い返せない。
つい押し黙ると耳元に顔を寄せられた。
「ねぇ……外して」
ぐっ、と力を込められて手首からミシミシと嫌な音が鳴る。
「いた……っ、」
「首輪、外して」
「それは……、」
剣呑な雰囲気に気圧されて思わず言葉に詰まった。
外したらまたロイさんに怪我をさせるかもしれない。
そもそもまだ前の傷も治りきっていないのだ。
やはり出来ないと首を振ろうとした矢先に待ちきれなくなったロイさんが先に行動を起こした。
「いいから、外して」
「、……っ」
ロイさんのフェロモンが強く香る。
クラクラと目を回す程濃厚なそれにアツシは思わず身体を丸めた。肺を直接圧迫されているように息が苦しい。
「ろいさ……ん、やめて……っ、」
「じゃあ外して」
ほら早く、と首元へ手をかける。
それでも自分で外さないのはあくまでアツシ自身から外させたいからだろう。
グイッと首輪を引っ張られる。
「別に僕はこのままだって構わないよ。君が外す気になるまで続けるから」
「……やだ……っ、」
「じゃあ外して」
根比べをしてもアツシが負けるのはどう考えても明らかだった。
それを悟ったアツシは仕方なく自分から首輪を外す。
カシャンと音を立てて外れた瞬間、ロイさんは噛み付くようにしてアツシの首筋に顔を寄せるとそのまま思いっきり吸い上げた。
「い゛……っ、」
歯が当たっているのもお構い無しに吸い上げるのでたまらなく痛い。
とはいえ、印を付けるだけならばすぐ終わるはずである。それがいつまで経っても終わらずアツシは悲鳴を上げた。
「痛い……っ!!」
引き離そうと押し返すが皮膚が引っ張られて痛い。
このまま食いちぎられるのではないかと思う程のそれに首を竦めた。
「ろいさん……いたい……っ!」
アツシの悲鳴を聞いてか、ロイさんは口を離すとすぐ下の鎖骨部分にも噛み付く。
「い゛ぃ……っ!」
痛みで反射的に涙がぶわりと溢れる。
ロイさんの肩口に爪を立てるが止まってくれない。
今度は治りかけた肩口にも噛みつかれ、アツシはとうとう本気で泣き始めた。
「や゛、い゛っ……たいよぉ……っ!」
子供のように泣きじゃくってようやく噛むのをやめたロイさんはアツシの顎をすくい上げるとその泣き顔を上から見下ろす。
「ふ、……うぅ……っ、」
身体がガタガタと震えて止まらない。
それが痛みからなのか、引きちぎられる錯覚を覚えた恐怖からなのか判断が付かなかった。
痛む肩口を押さえようよするが、触れると逆に痛い。
触ることが出来ずに二の腕をぎゅっと抱きしめた。
ボロボロと泣いているとロイさんのフェロモンが強く香る。
それに合わせて肩口の痛みが燻るような熱さに変わった。
「あ……くっ、」
――熱い。
熱さに苦しみもがいていると腕を引かれ、ロイさんの方へと身体が傾く。
次の瞬間には強く強く抱きしめられていた。
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