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第52話
「ひ、ぁ……っ、」
過敏になった身体にはその刺激すらも辛い。背中から後頭部の方までゾクゾクとした刺激が走る。
その刺激に反応して跳ねる肩ごと、抑え込むようにして抱きしめられた。
「ぅ……や、ろいさん……?」
熱さに朦朧としながらも何とかロイさんに声を掛けるが反応がない。
それでも腕は決して離さずアツシを抱きしめている。
「ちょっとぼけっとしすぎなんじゃないの」
肩に噛みつかれて痛いのはアツシの筈なのに何故か叱られる展開になっていた。
言葉では冷たく突き放すのに逃がさないとばかりに抱擁されると尚のこと混乱する。
言いたいことは沢山あるのだが、とにかく今は苦しくて仕方ない。
「ごめ、んなさ……も、やめて……っ、」
肺の奥が燻るように熱くて苦しい。
苦しげに息を吐き出すとそのまま深く口付けられた。
上顎をなぞり、絡め取った舌をクチュクチュと扱くようにして弄ぶ。
時折喉奥へと舌を伸ばされて余計に苦しくなった。
「ンん……っ、ぁふ……、」
絡んだ舌はいつもより冷たい。それがまた刺激になって舌が痺れるような快感に変わる。周囲に漂うフェロモンも濃厚過ぎて上手く息継ぎが出来ない。
苦しくて押し返そうとした手はソファに縫い付けられて動かせなかった。
快感の逃げ場がない身体はビクビクと跳ねる。
――くるしい。
息が出来ない。
頭がボーッとする。
酸欠からか頭痛までして来てようやく危機感を感じたアツシが離れようと藻掻くが、ロイさんは一向に離してくれない。
――くるしい。
頭や顔が逆上せた様に熱い。じわじわと手足が痺れる。
泣きたくないのに涙があふれて止まらない。
ドクドクと耳の裏から脈打つ音が聞こえる。
頭がかすみがかってうまく考えられない。
――おち……そ……、
意識が飛び掛ってようやく、ロイさんは唇を離した。
「……げほ……っ!!げほ、」
突然の酸素供給に肺がついていけず思いっきり咳き込む。
えずきそうになる程の咳き込みに舌が痺れる。
そうしてようやく十分な酸素を吸うことが出来たアツシはソファにぐったりと倒れ込んだ。
――し、しぬかと思った。
まさかキスで呼吸困難に陥るなどと誰が思うだろうか。
呼吸が整わずに背中を丸めたままソファにしがみついていると顎を掴まれ無理やり顔を上げさせられる。
頭が痛い。
部屋の照明が逆光になっていてロイさんの顔が良く見えない。
「ろ……いさん……?」
不安になって名前を呼ぶとアツシの顎を掬う手がぴくりと動いた。
しかしそれだけで、何か言葉を発することは無い。
――何だか様子がおかしい。
もう一度尋ねようと口を開いたが、それより先にロイさんが口を開ける。
「タクシー呼んでおくから……早く帰って」
それだけ言い残すとロイさんは迷う様子もなく、くるりと背を向ける。
「え、……ロイさん?」
慌ててその背中に声を掛けるが全く反応しない。
アツシを置き去りにしたまま休憩室を出ていった。
残されたアツシは状況が分からずポカンとしたままロイさんの出ていった扉を見つめる。
明らかにいつもと様子が違う。追いかけようかと立ち上がりかけて頭痛が治まらずにその場にうずくまった。
「あたま……いたい……」
さっき酸欠になったせいだろうか。クラクラと目眩までしてきた。
暫くそうしてうずくまっているとカチャリと扉が開く音がしてアツシは顔を上げる。
どうやらロイさんが戻ってきたらしい。
「ほら、タクシー来たよ」
腕を引かれ、よろけながらも立ち上がる。
片手には紙袋が握られていた。中身を覗けばアツシの荷物が入っている。
おいで、と腕を引かれその背中に声をかける。
「ロイさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だよ。ほら、いいから早く乗って」
いつも通りを装っているが表情が固い。
わけを聞こうとアツシが口を開く前に半ば強引にタクシーへと押し込められてしまった――。
翌日、アツシは早めに出勤しようとお店へと向かって歩いていた。
昨日、強制的に帰宅させられたアツシはその後ロイさんにチャットを送ったが既読すら付かなかったのだ。
それが何だかやたら気になって仕方なかった。
いつもなら遅くなっても必ず返事を寄越す筈なのに。
何よりあの硬い表情と虚ろな目線には覚えがある。
――気のせいなら、良いんだけど。
何となく外れない予感を感じつつ、アツシは足早に店へと向かった。
「おはようございます」
「あぁ!!アッシュさん来たー!!」
入って早々、急に大声を出されびくりと肩が跳ねる。
一体何事かと前を向けばキイトが慌てて駆け寄ってくるところだった。
「な、何?」
「良いからこっち!早く来て下さい!」
「ええ?」
グイグイと腕を引かれ、戸惑いながらもキイトに半分引き摺られるようにしてついて行くと、連れて行かれた先はいつもの休憩室であった。
「本当どうしたの?」
「あれ……!」
何があるんだとキイトが指差す先を見れば、そこにいたのはロイさんだった。
膝に腕をつき、背中を丸めるようにしてソファに腰掛け座っている。
ただし、いつもの貼り付けたような笑顔はなくただただうつろな表情でぼうっと宙を見つめていた。どこを見ているのか分からない。
昨日は気づかなかったが目の下にはかなり濃いクマが出来ていた。
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