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第54話
途中から事情を聞いたシマさんも加わり緊急の打ち合わせが始まる。
「とりあえず今日は通常営業にして、明後日は休みにしましょう」
「そうだね。そのあとのことは状態によるけど縮小営業にして夜だけ回そうか」
流石ベテラン組は決めるのが早い。
マキさんとシマさんはアツシがバイトとして入る時には既に居た古株組なので勿論ロイさんのこの状況のことは理解している。
手馴れた二人はテキパキと準備を進めると早速張り紙も用意しだした。
ここは安心して2人に任せよう。
「ロイさん行きましょう」
「……」
いつもは一言くらい言ってくれるというのに今は一瞥すらくれない。
そのことになんだかモヤモヤしたものを抱えながらもロイさんの手を引く。
昨日、アツシの手を引いてタクシーへと連れて行ってくれた時とはまるで逆だった。
今なら分かるが、ロイさんの手が少し冷えている。
昨日は酸欠でアツシの手も冷えていたのだろうか。
あまり冷たいとは感じなかったが、今は手が全体的に冷たい上に指先はそれよりも冷たいヒヤリとした温度が伝わってくる。
きっと寝不足であまり食べれていないのだろう。
――早く連れて帰らないと。
そう思いながら指先を温めるように握るとロイさんの手がぴくりと動いた。
表情を見ればやはりさっきと大差ない。
それでも早く連れ帰ってあげたくてアツシは歩くロボットのように黙ったまま大人しく付いてくるロイさんを連れて、急いで店をあとにしたのだった。
* * * * *
「ロイさん。ほら、着きましたよ」
無言のままの上司を連れて何とか家へと到着したアツシはソファへと座らせることに成功した。
歩いてくれるとはいえ、その気のない人間を誘導しながら連れてくるというのは意外に骨が折れる。
本人も疲れたのか、ぼうっとしたまま一点を見つめているだけでなにかアクションを起こそうという様子はなかった。
あの状態なら食事も取れていないだろう。
ひとまずアツシはマキさんに預けられた食事を食べさせることにした。
まだ出来たてなので保温器のままでも良いがそれだと味気ないのでスープカップに移し替えることにする。
「ロイさん。食器、勝手に探しますからね」
返事はないが声はかけたということで満足したアツシは勝手にキッチンへと入り食器棚を漁る。
ロイさんはあまり食器を置かない。そもそもがあまり自炊をしない上に好き嫌いが激しいので必要ないようだ。
棚の中はガラガラだが、これでもまだマシになった方なのだ。
マキさんやシマさんからプレゼントされたりアツシが勝手に持ってきたりしたので棚が申し訳程度に埋まっている状態だが出会った当初はそもそも食器棚自体がなかった。
それを聞いたマキさんが我慢ならないと強制的に棚を買わせ、ことある事に食器を送っていったので今はある程度のものが揃っている。
そんな中から直ぐに目当てのカップを探し出すとアツシはお湯で少し温めた。
せっかくマキさんが温かいまま渡してくれたのに冷めてしまっては意味が無い。
中身を移し替える際に中を覗けば野菜や鶏肉を細かく刻んで作ったスープのようだ。少しだが麦も入っているのが見える。
これなら少しは食べられるだろう。
さすがマキさんだ。
「ロイさん、マキさんから差し入れです」
ぼんやりしているロイさんの目の前にスープをお盆のまま差し出すがちらりと見ただけで首を横に振られる。
「要らない」
「ダメですよ。どうせ食べれてないんでしょ。少しでも食べてください」
ほら、と言ってスプーンを差し出すが手に取らないので今度は直接スープカップを差し出す。
しつこく差し出し続けると渋々といった様子でカップを手に取った。
カップを傾けるのに合わせて喉が上下する。
緩慢な動きだがゆっくりと食べ始めるのでそこでようやくアツシはほっと息を吐き出した。
元々食べることに執着しないからか、こういう時に食べてもらうのに苦労するが今日は割とスムーズだ。
酷い時は拒否反応なのか食べてもすぐに吐いてしまったりするのだがそんな様子もない。
なんでこの人がこんなに食べ物に対して拒否を示すのかはよく分からない。
ロイさんは話したがらないし、アツシも無理に聞き出そうなんて真似はしなかった。
気にならないと言ったら嘘になるが、今は兎に角元気になってくれるだけで構わない。
ロイさんが大人しいと調子が狂う。
未だもそもそとスープを食べ続けるロイさんを見ながらアツシは内心気が気じゃなかった。
それからどうにかこうにかスープを食べ終えてもらったあと今度は寝てもらう為の準備を始めたのだが、
「ロイさん着替えてくださいよー」
「面倒臭い」
「もー、そんなんじゃ眠れないですってば」
初っ端からつまづいている状態だ。
何とか寝室まで移動してきたはいいものの、そこから微動だにしない。
さすがにスラックスのまま寝かせるわけにはいかないのだが、食べることで力を使い果たしてしまったのか腕1本動かそうともせず顔を背けている。
まるで子供のような仕草にまた胸がきゅうっと締め付けられた。
あ、可愛い……って、そうじゃない。
思わず流されそうになるがそうはいかない。
慌てて首を横に振ると今度こそ着替えさせようと気を引き締めた。
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