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第55話
「ほ、ほら!早く脱いでくださいってば」
あまりにも動かないので仕方なくベッドへ腰掛けるロイさんの前に膝立ちになるとシャツのボタンに手をかける。
全てのボタンを外した所でふと目の前を見れば滑らかな首筋と引き締まった体躯が見えてドキリとする。
そういえばいつも自分ばっかり脱がされるのでこの人が脱いだところをまじまじと見る機会がなかった。
自分と同じ細身に見えるのに脱ぐと案外筋肉がついているのが分かる。
ジムにも通っているくらいだ。見栄っ張りというか、負けず嫌いなところがあるので細いだなんだと言われるのが嫌なのだろう。
それでこれだけ綺麗な身体が作れるなら良いだろう。
最初は羨ましさ半分に眺めていたが、だんだんと良からぬ方向に思考が進んでいく。
ふと、セックスする時のことを思い出してしまい、真っ赤になったアツシは慌てて目を逸らした。
――ロイさんがこんな時に何考えてるんだ!
それでもドキドキと高鳴る心臓の音が止められず、あまり見ないように気をつけながら慌てて部屋着を着せる。
その後手早く下も変えて何とか着替えを終えさせた。
火照った頬をわたわたと冷ましているとちょうど部屋のインターホンが鳴るのが聞こえる。
勿論ロイさんはあの状態なので、一体誰が来たのかと代わりに覗き込めば、カメラ越しにシキさんが手を振っているのが見えた。
「おーおー、手こずってんなぁ!」
「笑ってないで助けてくださいよ……」
ケラケラと腹を抱えてシキさんは笑う。その後ろから白衣姿の男性が入ってきた。
「先生こんにちは」
「……こんにちは」
|熊倉《くまくら》|恭也《きょうや》先生。
ロイさんの担当をしているお医者さんだ。
タイガよりも長身の彼は癖毛で目元があまり見えない。時折見える目元はクマが濃くてあまり健康的とは言い難い。
医者の不養生というヤツだろうか。
ガタイも長身と同じく良いので一見するとかなり怖い印象を受ける。
アツシも初めて会った時には思わず固まる程怖がったものだが見た目とは違って性格は穏やかだ。
その上先生はボソボソと口の中だけで話す癖がある。最初の頃は早口のそれについていけずよく聞き返していたが、最近になってようやく何と話しているのか聞き取れるようになってきた。
そんな先生とはロイさんもシキさん経由で知り合ったと言っていたが、あまり大きな声で言えない患者を相手に仕事をしている人だという。
まぁ要するにやのつく家業の方々だったりそれこそ足がつきたくない人ということになる。
ロイさんの周りってどうしてこういう人が多いんだろう。
自身も謎ならば周りも謎だらけな人ばかりだ。
とはいえ、先生自体はとても穏やかな人なので見目と違って怖くはない。
それに彼が来るとアツシにはもう一つ楽しみな事があった。
もこもこと先生の胸ポケットが揺れる。
次の瞬間にひょこりと顔を出したのは小さなハムスターだった。
アツシが気にしてるのに気づいた先生が胸のポケットに手を差し出すと自分から手のひらへと移動してくる。
「こんにちは雷蔵」
ヒクヒクとヒゲを揺らす仕草が愛らしいこのハムスターは先生曰く相方らしい。
そもそも先生は大の小動物好きで沢山のハムスターやらウサギやらチンチラやらを飼っている。
部屋の中は割と動物園と大差ない。
雷蔵はそのうちの一匹だ。
毎日連れ歩いているわけではないと言っているが、会う度に見かけるので絶対毎回連れて歩いてるんだと思う。
ちなみにハムスターの名前は先生が命名したそうで。
ネーミングセンスがなかなかに渋い。
ちょっと……いやかなり変わった人だが腕は確かだ。
珍しくロイさんが一目置いている人でもある。
よほど信用して無ければロイさんみたいな人が担当医などわざわざ自分から頼まないだろう。
まぁ、ロイさんは動物は嫌いなので雷蔵が来ると毎回しかめ面をするのが恒例なのだが今はそんな様子もない。
興味ないとばかりにぼんやりとこちらを見つめている。
そんなロイさんの様子を見たシキさんは肩を竦めた。
「あー、やっぱりな。そろそろ限界だと思ったんだよな」
「限界?」
「この前会った時には既に寝てないみたいだったからなー」
この前、とはリョクと一緒にやってきた時のことだろう。
あの時既に眠れていなかったのか。
つまりあの時シキさんが言っていたよく見ておけ、というのはこのことだったということだろう。
――シキさん……さすがに分かりません。
そもそもアツシがコーヒーを煎れに行った日には普通に眠っていたので全く気づかなかった。
アツシは10人いたら全員に鈍いと評される人間である。そうでなくとも気づかなかった可能性もある訳だ。
アツシが脱力しているとシキさんは後ろろにいる先生の方へと促した。
「兎に角クマせんせーに診てもらえ」
先生を見上げるとコクリと頷かれたのでアツシとシキさんは一旦その場を離れることにする。
先生はロイさんのカウンセラーも兼ねているのであまり立ち聞きするのは宜しくないだろうと思ってのことだ。
リビングに舞い戻ってきたアツシは、シキさんにコーヒーを出すとやる事がなくなりとりあえず向かい側へと腰を落ち着かせた。
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