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第56話
リョクがいると賑やかだが、こう改まって2人きりにされるとこの人と何を話せばいいのか分からない。
というか、未だにアツシはシキさんのキャラというか性格が掴み切れていなかった。
ただのお調子者かと思いきや、ロイさんと連んでいるところはかなり頭のキレる印象を受ける。
と思えばアツシにもセクハラ紛いのことをしてきてはリョクに鉄槌を下されている。
正直、どう接していいのか分からない。
アツシが話題に困っているとコーヒーを飲む手を止めたシキさんの方から話しかけてきた。
「最近どうだ?」
「え、と……」
どうと言われると何と答えたらいいのか言葉に詰まる。
それが容易に想像出来たのか、シキさんは目を伏せたまま言葉を続ける。
「オメガになったって言ってたからどうかと思ってなー」
「……戸惑うことばかりで大変ですよ。まだよく分からなくて」
急にオメガ性が覚醒してから僅かしか経っていないが本当に戸惑うことばかりだ。
タイガとユキオは何だか拗れているし、変なお客には目をつけられるし……何よりロイさんとはこんな関係になってしまった。
バイトを始めた頃には想像すらしなかったことが起きている。
完全にアツシのキャパシティを超えた出来事に対応しきれず途方に暮れている状態だ。
アツシの百面相でそれらを何となく読み取ったのか、シキさんは苦笑を浮かへだ。
「そうだろうなぁ……」
そう言って困ったようにしながらも再びコーヒーに口をつける。
シキさん自身はアルファだが、この人はあちこちに顔が広いのでオメガの人もたくさん見てきたのだろう。
昨日みたいなことも、きっと知っているに違いない。
今思い出しても指先が冷たくなっていくようでアツシは無意識に二の腕を強く握った。
「つい昨日、オメガをよく思わない人と会いました」
「……そうか」
「……ああいうことも、これからは普通になってくんですよね」
きっと、他のオメガもそうなのだろう。自分という個を見てはもらえず一括りにオメガという枠で縛られる。
そうして疎まれたり見下されたりする。
それがオメガについてまわる現実だ。
オメガ性と分かった時、病院の先生が何故あんなにも優しく自分たちは味方だと説いたのか今なら何となく分かる気がする。
あの言葉がなければ挫けてしまう人もいるのだろう。
その言葉に救われる人だっているはずだ。
「オメガには多いかもしれないな。けど、ちゃんと助けようとしてくれるヤツらがいるだろう?リョクとかもそうだし……ほら、お前の弟分達とかな」
「そう、ですね」
「不安なのは分かる。だけどお前の周りにちゃんとサポートしてくれるヤツがいるんだから安心しろ。勿論俺だって相談くらい乗ってやる。あいつだってそうだろう」
あいつ、と言われて思わずドキリとした。
それが顔に出ていたのかシキさんがちらりとこちらを伺う。
「そうですかね……」
正直、ロイさんにどう思われているのかイマイチ分からない。この頃のロイさんの行動はサポートとはまた別のもののように思う。
「遊ばれてるんだろうなぁってのは、分かるんですけど」
「あー、」
言葉を濁されやはりそうなのかと確信めいたものを感じてしまい余計に気分が沈んでいく。
だからシキさんが「そっちかぁ」と呟いたのには気づかなかった。
「なぁアッシュ。お前はロイにどう思われてると思ってんだ?」
「………………お気に入りの玩具?」
「いや、微妙に間違ってはねーんだけどな……」
シキさんは頬杖を付いたまま言葉を続ける。
「気に入られてるって自覚はあるんだな」
「まぁ、何だかんだ良くしてもらってますから」
「ならロイがあーなった原因とか思いつかねーか?」
少し興味深そうに尋ねられる。暫し考えてはみたものの特にこれといって思いつかずに首を傾げた。
職場でもいつも通りだったし、一緒にいる時だって特に変な様子はなかった。
強いて言うならコーヒーを入れて欲しいと呼び出された時くらいだろうか。
でもそれだけだ。下手したらその時には既に不眠だった可能性もある。原因にはならないだろう。
「不眠になった理由って事ですよね。特には……」
「……まぁいつものペース的にそろそろってのもあるけどなぁ。全然思いつかない感じか」
「……え?!もしかして俺が原因?!何やりました?」
「いや、そっちじゃなくてだな」
どうしたもんかと言いたげにシキさんが苦笑する。
「あいつも無自覚っぽいしなぁ」
「はい……?」
「何でもね。それよか、そんなんでロイとは上手くやってんのか?」
「まぁ……一応は」
何か勘付いているのかそれともロイさんから直接何か聞いているのか。
お世辞にも良好とは言い難い関係だがはっきり言うのは躊躇われて言葉を濁した。
「あんま無理すんなよ。お前が無理するとリョクが心配する。困ったらとりあえずリョクに言え、リョクの方が言いやすいだろう」
そういえばリョクにも相談して欲しいと言われていた。
2人から見て自分は無理をしているように見えるんだろうか。
シキさんは大雑把そうな雰囲気だが意外とリョクのことは大事にしている。リョクがアツシを心配しているのを気にしてフォローしてくれているのかもしれない。
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