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第58話
「あの……」
アツシの声掛けにロイさんはちらりと視線だけを寄越す。
「横になって下さい。先生も言ってたじゃないですか。少しでも寝ないと」
「……眠くない」
「眠くなくても寝てください」
ほら寝て、と腕の拘束を軽く叩くがいやいや首を横に振られる。
「……寒い」
「食べないから体温が上がらないんですよ」
さっきだって麦が多少入っているとは言え、食べたのはスープだけだ。自分もあまり沢山食べる方ではないが3食はきちんと食べるようにしている。
ロイさんはアツシより体格がいいのだからさっきのではどう考えても足りないだろう。
「もっとこっちきて」
「ちょ、」
グイッと腕を引かれ、正面向きに直される。
「早く……」
寒い、とうわ言のようにつぶやく表情は虚ろで顔色も真っ白だ。改めてそれに気づいたアツシは抵抗もせず、引かれるがままベッドへと横たわりロイさんを抱きしめた。
腕に潜り込むようにしてグリグリとロイさんは頭をアツシのお腹に押し付ける。
暫くそうして寝心地のいい場所を探したかと思うとそのままストンと寝てしまった。
「……っ、」
――ダメだ。
言い様のない気持ちを抑えるかのようにアツシは真っ赤に火照る顔を両手で覆う。
気持ち的にはジタバタと足をばたつかせたい気分だった。
勿論、ロイさんが寝ているのでそんなこと出来はしないが。
恥ずかしいような逃げ出したいような、でもこのままずっと居たいような。
そんな気持ちを抱えて心臓がバクバクと今までにない程高鳴っていく。
深く考えないようにしてずっと知らな振りを決め込んで来たが、もう自分の気持ちに蓋をすることは出来なかった。
――俺はこの人の事が好きなんだ。
好きだから放っておけないし、気まぐれに手を出されて心が冷えるんだ。
リュウさんに対してもやもやするのもこれなら納得が行く。つまり自分はリュウさんに嫉妬していたのだ。
ずっと自分の気持ちに違和感を抱いてきたのは確かだけれど、いつから好きなのかなんて分からない。
それでもこれが恋心から来るものなんだと自覚したら、今まで感じていた違和感や重苦しいものがストン、と胃の内側に落ちていくようだった。
アツシはロイさんのつむじ辺りを上から見下ろす。
そっと手を伸ばすと零れた髪がサラサラと指の間から流れ落ちていく。
――きっと、ロイさんは同じ気持ちではないんだろう。
この人は自分以外の人間で遊ぶのが好きなだけだ。
アツシのこともただの体のいい玩具としか思っていないに違いない。
キイトや先生に嫉妬まがいの事をするのも、多分単なる玩具を取られた子供のような所有欲の表れだろう。
自分で思ったことに胸がしくしくと痛む。胃が重くなったような鳩尾のズンとした痛みを感じてアツシは苦笑した。
自覚するとこういう所まではっきりと分かるようになるらしい。
むしろどうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。
なんとも思われていないことを考えると切なかったが、そもそもこの気持ちを伝える気なんて更々ない。
だってきっと、口に出してしまったらそばにいられなくなる。
重い気持ちを抱いた者を傍に置いておくような人じゃない。絶対に面倒だと思われる。
そんなこと思われるくらいならば今まで通りこの人の傍にいれればそれだけでいい。
――けど、
たまにだけ、この人の寝顔が見れたらいいなと思いながらロイさんの髪をそっとすいた。
そうしていると、段々冷たかった身体がアツシの体温に馴染んで温まってくる。
――眠いな。
押し付けられたお腹辺りも腰に回された腕もじんわりと温かい。
眠気が襲ってきたアツシはそのままロイさんと一緒になって目を閉じた。
次に目を覚ましたのはロイさんが腕の中で身動ぎした時だった。
状況を理解しているのかいないのか、ベッドに座り込んだままはぼーっとしている。
ぼんやりとした視界には、さっきよりもだいぶマシになった顔が映っていた。
外された腕が寂しい。
今までだったらそんなこと思わなかったかもしれない。
けれど自覚した今でははっきりとそれが寂しいんだと分かってしまった。
本当はもっと隣にいたい。それを誤魔化すようにして、アツシはロイさんに笑いかける。
「おはようございます。少しは眠れましたか?」
「……あぁ、おはよ」
コクリと頷く姿が何だか子供のようで可愛らしい。
なんでだろうか。
自覚した途端にさっきまでと全然違って見える。
ただそこにいるだけなのにキラキラしているような、眩しいような。
顔が見たいような、恥ずかしくて見たくないような。
まるで少女のような反応に自分が1番戸惑っていた。
それを知られたくなくてさっと立ち上がる。
「大丈夫みたいなんで、俺は帰りますね。また明日来ますから」
「あぁ」
コクリと頷いたロイさんも一緒になって立ち上がる。
見送りをしてくれる気らしい。
それだけでさっきよりだいぶ調子が良いのだと分かってホッとした。
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