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第64話

それから暫く通うことにはなったものの、ロイさんはだんだんと眠れるようになり、睡眠が取れるようになると自然と食事量も安定していった。 酷い時は一週間以上掛かるのに比べたら比較的直ぐに回復してくれたのだろう。 「アッシュちゃん良くやったわ!お疲れ様!」 マキさんに報告の電話をするとほっとした様な声が聞こえてきた。 何だかんだ長い付き合いなので心配していたのだろう。 「ありがとうございます。皆さんもお疲れ様でした」 「あたし達はいつもと変わらないんだからいいのよ!それより、大丈夫だった?」 「はい。いつもより落ち着いてたので……」 そう言いかけると「違うわよぅ」と言葉を遮られる。 「何にもなかった?大丈夫??ごめんなさいね。オメガの貴方をアルファと2人きりにするようなことになって」 そこでマキさんが言わんとしてることをようやく理解する。マキさんはロイさんではなくアツシの身の心配をしているらしい。 よく知った上司とはいえ、通常の状態ではないアルファの所にオメガを1人で送り込んだのだからそれは心配もするだろう。 大丈夫だと言おうとして折角薄らいできていた羞恥心を思い出しぶわりと顔が赤くなるのを感じる。 「……イエ、ナニモナカッタデスヨ」 「あんたホント嘘つくの下手ねぇ」 呆れたように言われて見えていないのに思わず視線を逸らした。下手な自覚はあるのだが、動揺するとついつい声に出てしまう。 「その話しぶりなら、嫌なことはされてないのよね?いいのよ酷いことしたならあの野郎はっ倒してあげるから遠慮無く言いなさい!」 マキさんの力ではっ倒されたらロイさんが病院送りになってしまう。 「い、嫌なことは……されてない、です」 抱きしめられたことや、あろうことか自分から強請ってしまったことを思い出し自然と顔が赤くなっていく。 恥ずかしい……でも、本当に嫌なわけではないのだ。 むしろ逆で困るくらいだが。 そんなアツシの様子を分かってか、マキさんの方からは何とも言えないため息が聞こえた。 「……大丈夫ならいいのよ。でも、何かあったら言って欲しいわ」 「ありがとうございます」 心配してくれているのは十分伝わって来ている。 ふと、シキさんが励ましてくれたことを思い出した。 ここにも1人自分を心配してくれている人がいる。マキさんのその気持ちがアツシには嬉しかった。 「お店の方は大丈夫でしたか?」 「えぇ、大丈夫よ。お客入りは少し落ちたけど、ロイちゃんお目当ての客ばかりだから明日からはまた元に戻るでしょ」 それを聞いてほっとする。 テキパキと働く子達だ。客入りが少し引いていたのならキイトやチャロがてんてこ舞いになることはないだろう。 「そうですか。じゃあ、明日からまたよろしくお願いします」 「こちらこそよろしくねーん!」 * * * * * 久しぶりに職場への出勤だ。 別に何かが変わった訳ではないのに何だか緊張してしまう。 お店の扉を開けるとこちらに気づいたキイトがいの一番に飛び込んできた。 「アッシュさんだぁー!!」 「わ……っ、」 ドン、と衝撃が来るものの、柱を背もたれにすることで何とか耐える。 危ないなとは思ったがあまりにも笑顔喜ばれたのでついつい言いそびれてしまった。 「キイト久しぶり」 「お久っす!」 「ホール大丈夫だった?」 「ばーっちりっスよ!」 得意気に笑うキイトにちょっとだけ癒される。 良かった。無理をしている様子はないようだし、本当に大丈夫だったのだろう。 アツシが内心胸をなで下ろしていると横から肩を掴まれた。 ふわりと香る、嗅ぎなれた匂いにどきりと胸が鳴る。 ロイさんだ。 「はいはい、仲良いのはいいけど申し送り始めるよ」 それを聞いたキイトは「了解っス!」と言うとあっさりと離れていった。 何となく恥ずかしくて隣にいるのにも関わらずロイさんの顔が見れない。 不自然に下を向いていると顔を覗き込まれる。 「アッシュ君……?」 目が合った瞬間、耳がぶわりと熱を持つのが分かって慌てて顔を逸らした。 「き、着替えて来ます……!」 それだけ何とか言い残すとその場を逃げるように飛び出す。 「はあー……」 ため息を吐いても仕方ない。どう考えても変だったよなぁと自分の行動を省みるが後の祭りだ。 自然にしなくてはと思うのに、今までどう接していたのか思い出せない。 それどころか、仕事をしながらもついロイさんを目で追ってしまう自分がいる。 こんなんじゃダメだ。 思わず首を横に振ると目の前の席にコトリと皿を置いた。 この人はよく来てくれる常連さんだ。最近あまり見かけなかったが久しぶりに来てくれたらしい。 「お待たせ致しました」 「ありがとー」 にこりと笑うお客にお辞儀を返し、そのまま離れようとすると声を掛けられる。 「あ、ねぇ」 「はい?」 「この前、ハンカチ拾ってくれたのってアッシュさん?」 ハンカチ、ハンカチ……と記憶を辿れば水を被った記憶と共に思い出した。 「えぇ、俺ですね」 そういえばそんなこともあったが、すっかり忘れていた。

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