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第65話
「あの後すぐ手元に戻ってきたんだぁ。けどなかなか来れなくてお礼がすっかり遅くなっちゃった。ありがとう」
「いえ、俺は拾っただけなので」
「でも助かったよー」
ニコリと笑われ少しだけ気持ちが軽くなる。
男の人、なんだろうけれど凄く可愛らしい人だ。
俺もこんな感じだったらロイさんと並んでも気にすることなんてなかったんだろうか。
そんな風についぼーっと考えていると、ちょいちょいと指で呼ばれる。
何だろうかと顔を近づければ内緒話をするように相手は手で口元を隠した。
「アッシュさんてマスターが気になるの……?」
「へ?!あ、いや……ち、違……っ、」
頬に熱が集まるのを感じて慌てて持っていたトレイで隠すが今更遅い。
キョトンと瞬いたあと、相手は我慢出来ないといった様子で忍び笑いをもらした。
「ふふふ……っ、そんな真っ赤にならなくても良いのに」
こんな反応を返したらバレて当然だろう。
誤魔化そうとすればするほど頬が赤くなるのを隠せない。
他のお客さんだっているのに聞かれたりしたら困る。
言い訳しようとすると手で制された。
「まぁまぁ、別に誰にも言ったりしないよー。頑張ってね。…………競争率高そうだけど」
ちらり、と見やる先にはリュウさんの相手をしているロイさんがいる。
ロイさんの復帰初日に来るあたりがリュウさんらしい。
――きれい。
ロイさんだけでなく、リュウさんも顔立ちがとても整っている。切れ長の瞳に薄い唇、スラリと長い手足。ロイさんの隣に並んでも引けを取らない。
ただ向かい合わせでいるだけなのに絵になる2人だ。
――地味な自分とは違う。
自分で思ったことにアツシは思わず落ち込んでしまった。
それでも2人から目が離せないのだからタチが悪い。
穏やかに笑うロイさんの様子を見て元気になったと安心する反面、モヤモヤとしたものが胸の内を巡っていく。
――嫌だなぁ。
そんなに笑いかけないで欲しい。
ただそばに居るだけでいいと思ったくせにこんなこと思う自分が一番嫌だ。
自分の思考に嫌悪しているとふと、ロイさんと目が合った。
瞬間、物凄く不機嫌に目を細められてビクリ肩を揺らす。
――な、何か機嫌悪い……?
リュウさんとはあんなに楽しそうなのに自分を見たら機嫌を損ねるのか。
何だか泣けてくる。
「……意外と脈アリかもね」
「ははは……フォローありがとうございます……」
「うーん、別にフォローのつもりはないんだけどなぁ」
良かれと思って言ってくれているのだろうが、今はその優しさの方が痛い。
どう見ても脈がある人にする表情じゃなかった。
「お気になさらず……」
シキさんとの一件で遊ばれているのは分かっている。
多分、仕事をサボるなと睨まれただけだろう。
ダメだ。気分が沈んでいく。
とりあえず仕事しよう……。
その場を離れるとアツシは仕事に集中することにした。
少しでも気を緩めるとロイさん達ばかり気になってしまう為無心になって仕事をこなしていると、いつの間にか閉店の時間になっていた。
何だかずっとふわふわしていて現実味が薄い。
あの時アツシへ声をかけてきたお客さんももう居なかった。
ホールの片付けも終わったし早く帰りたいところだが今日はリュウさんが来ているのでVIPルームの片付けも残っている。
とはいえ、さっきからロイさんもリュウさんの姿も見えないのだ。
もしかしたらまだルーム内に居るのかもしれない。
2人きりでいるのかと思うとなかなか足を運ぶことが出来ない。
かと言ってあそこの掃除はアツシの役目なのでやらないで帰ればロイさんからお小言を貰うことだろう。
暫し悩んだ後、とりあえずルームを覗いてから考えようとアツシは問題を先送りにする事にした。
「いる……のかなぁ……」
ルームの扉の前でアツシはそっと耳をそばだてる。
そもそもが防音の作りなので中の様子は勿論伺い知れない。
往生際が悪いなと自分でも思うのだが、さっきの光景が頭から離れずなかなか踏ん切りが付かない。
しかしいつまでもここで突っ立っているわけにも行かないだろう。
意を決したアツシは扉をそっと開けて中を覗き見た。
居なかったら掃除を済ませればいいし、2人が居たら悪いけれどそのままこっそりと帰ろう。
そんな風に思いながら開けた先、目の前に飛び込んできたのはリュウさんと唇を重ねるロイさんの後ろ姿だった。
それを見た瞬間、心が、手足が、すくんで冷たくなっていく。
一瞬にして頭が真っ白になって思考が途切れた。
ドクドクと耳の後ろから嫌な心臓の鼓動が聞こえる。
早くその場から逃げてしまえと脳みそは信号を伝えているのに身体が雷に打たれたかのように動かない。
手も足も痺れた様に重い。
そうこうしているうちにリュウさんと目が合った。
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