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第67話

「おはよーっス!今日も頑張りましょー」 「あぁ、おはようキイト。今日もよろしくね」 後ろからひょっこりと顔を出したキイトはヘラりと懐っこく笑う。そうしてアツシの腰に抱きついたままペラペラとさっきまで来ていたお客の話をし始めた。 「聞いてくださいよー!さっきのお客ね、俺が注文取りに行ったら、」 「うん」 この前のことがあるからだろうか、何か察して目のことは聞いて来ない。それが唯一救いだった。 他のスタッフもキイトが話しかけているからあえて間に入ってまで聞いてくる者がいない。 アツシはそれにホッとしてキイトの話にただひたすら耳を傾け続ける。 「……キイト」 下を向いたままうん、うん、と相槌だけを打っているとさっき聞いたばかりの声が聞こえて反射のように思わず指先が震えた。 「はいっス!」 それを宥めるように抱きつく手の力が少しだけ強くなってからキイトは離れていく。 やはり気を使ってくれているらしい。 「君仕事中でしょ。遊んでると減給するよ」 「えぇ!?すんませんっした!!仕事するんで減給は勘弁っスよー!!」 イライラした様子のロイさんは不機嫌さを隠しもせずキイトを睨みつける。 「仕事!仕事するんで申し送りしましょ!!」 キイトの方はというと、焦ったような顔を作りながらもほら時間!と時計を指差してロイさんを誘導する。 それに何か言いたそうなしかめっ面の様な表情だったが、結局飲み込んでロイさんは申し送りを始めた。 ――良かった。 ロイさんの少し不機嫌そうな申し送りの声を聞きながら 内心ではホッとしている自分がいる。 キイトのお陰でロイさんに追及されることなく申し送りの時間を迎えられた。あとはとにかく仕事をこなすだけだ。 仕事中はなるべくロイさんを視界に入れないよう無心になって料理を運び続けた。 時折刺さるような視線を感じたが無視する。 深夜1時過ぎ頃、休憩室の掃除を終えたアツシはほうきとちりとりを定位置に戻すとさっと立ち上がった。 あまり呑気にしているとロイさんに捕まる。 早く逃げようと休憩室の扉に手をかけると、先に扉が勝手に開いた。 「……ロイさん」 あまり感情の乗らない表情でこちらを見つめる彼は何も言わない。 「……お疲れ様です」 ロイさんの顔が見れず思わず視線を逸らす。 それでも何も言ってこないのでそのまま通り過ぎようとすると横からいきなり手首を掴まれた。 「い……っ!」 「……何で避けてるの」 「別に避けてるわけじゃ……」 そう言いつつも避けてる自覚があるので視線を合わせられない。 その言葉を遮るようにロイさんはアツシの手首を引いて顔を近づけた。 「避けてるでしょ。さっきから全然こっち見ないじゃない」 「……帰るので手、離してください」 それには答えずアツシは自身の手を引いた。 もう勤務時間は終わっているはずだ。 明日は休みだし、とりあえず今日を乗り越えれば明後日までは会わなくて済む。 そんなこと考えている自分に笑えてすらくる。 今までそんなこと考えたことなどなかったのに。 「まだ話は終わってないでしょ。ちゃんとこっち見なよ」 「…………」 「もういい。じゃあ明日うちに来て」 「…………明日は、用事があるので」 「はぁ……?」 あからさまに低い声で威嚇される。 それにビクリと肩が跳ねたがアツシも引かなかった。 「よ、用事があるなら今言ってください」 これ以上深入りして傷つきたくない。 緊張から握り拳に力が入る。 手には嫌な汗をかいていた。 「……あっそ」 グッ、と手に力が入ったかと思うと不機嫌そうな声を出しながら、するりと手を離される。 ――あ、 離された手がジンと痛んだ気がした。 深入りしたくないと自分から望んだはずなのに手放されたことが悲しい。 胸がつきりと痛んで目尻に涙が浮かぶ。 矛盾ばかりで一体どうしたいんだろう。 自分で自分が嫌になる。何よりこんなことで振り回されている自分が情けない。 「え、」 何も言えずに下を向いていると再び腕を掴まれた。 完全に虚をつかれた為、抗うことも出来ず引き摺られる。 「ちょ……っと、ロイさん……っ!」 その強引さにハッとして慌てて突っぱねるがロイさんも引かない。勢いに任せてソファへと放り投げられた。 「いったぁ……っ!」 いくら柔らかいソファとはいえ、思いっきりぶつかれば痛いものは痛い。 打ってしまった頬を押さえていると上から影が差した。

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