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第71話
返すって、一体何を?
不快そうなきつい眼差しが怖い。
「それ、ロイさんにあげたものなので返してください」
言われている意味がわからず硬直する。
それ、と指さされた先にあったのはやはりというかあのピアスだった。
ドクリ、と嫌な鼓動が聞こえる。
「あの方は気まぐれなので気に入らなかったのなら仕方ないですけど。でも、貴方につけられるのは本意ではないので返してください」
リュウさんが、ロイさんにあげたもの。
まさかの事実に動揺が隠しきれない。
ドクンドクンと耳の後ろで自分の鼓動が聞こえる。
心臓から冷たい血液が流れていくような錯覚を覚えた。
リュウさんは変わらず冷めた視線のまま、アツシに手のひらを出し続けている。
兎に角返さなければ――。
外そうとしてみるものの、手が冷たくなっていて上手く外せない。
何となく手が震えている気がする、なんて他人事のように思った。
ズキリと痛み、かすかに血が着いた気がしたが気にする余裕もなくリュウさんへピアスを押し付けるとお店の中へと逃げるように駆け込んだ。
――苦しい。
貰った時の嬉しかった気持ちがどこかに吹き飛んでしまった。
まさかリュウさんのあげたものだっただなんて誰が想像するだろうか。
――泣きそう。
外した耳も痛くてじわりと目に涙が浮かんでくる。
早く帰ろうと荷物をまとめに行くと間の悪いことに途中でロイさんに遭遇した。
「お、お疲れ様でした……」
今は話をする気になれなくて足早に通り過ぎようとすると目敏くピアスが外れているのに気づいたロイさんに手首を掴まれる。
「ねぇ……なんでピアスしてないの?」
そもそも人から貰ったものだったじゃないか。
悲しみと怒りがない混ぜになったような、胃の内側が熱く重だるいような感覚を覚える。
下を向いたアツシはぐっ、と唇を噛んだ。
「なんで貰ったものを渡すんですか」
「なんでって……」
目を大きく見開き、キョトンと音がしそうな程ロイさんは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「君の方が似合ってたでしょ?」
「そ、そういう問題じゃありません!」
ただそれだけの理由で人に貰ったものを渡してきたのか。
似合っていたらそれでいい。それを貰ったアツシがどう思うかなんてこの人は考えない。
もしかしたらそんな気持ちに興味はないのかも。
そう思うと余計に、――苦しい。
「せっかく開けたのに。塞がっちゃうから外さないで」
「……それだけ、ですか……」
気にするのは、ピアスの穴のことだけなんだ。
なんとも思われていないと言われたようで胸がズキズキと痛む。
「分かりました。もういいです……」
これ以上話していると泣いてしまいそうで、アツシはそれだけを何とか言い残すとロイさんの手を振り切って足早にそこを立ち去った。
「キイト」
「んあ?どうしたんスか?」
更衣室で着替えていた途中のキイトに後ろから声をかけると不思議そうな顔でアツシを振り返った。
「ピアスの予備持ってない?」
「え、外れちゃったんスか?耳大丈夫?!」
「……ごめん、新しいの買って返すからもらえないかな」
外れたわけではないけれど、説明するのも億劫で適当に頷く。
こんなこと頼むなんて非常識だと分かってはいるが他に頼める人が思いつかなかった。
「返さなくても全然いいっスけど……ちょっと待ってください」
穴塞がっちゃいますもんね、と言いながらキイトはゴソゴソと荷物を漁る。特に不快そうな様子もなくあっさりとした様子で目当て物を探り当てるとアツシを振り返った。
「はいこれ……あ、でもアッシュさん血が出てるから先に手当てしないと……」
やはり血が出ているらしい。
キイトが心配そうに言ってくれるが心に余裕がない。
「後でやるから」
手のひらにあるピアスをサッと取るとそのまま付けようと耳元に宛がった。
「……っ、」
途端、ズキズキと傷口が痛んで表情を歪める。
それを見たキイトがギョッとして寄ってきた。
「ちょ、待って待って!アッシュさんどうしたんスか!?」
慌てて両腕を掴まれると、我慢していた涙がボロボロ溢れる。
「……ふ、」
辛い。
耳だけじゃなくて胸もズキズキと痛む。
ピアスを貰った時は困惑する気持ちもあったが、純粋に嬉しかった。
勝手に期待した自分がバカみたいだ。
涙が後から後から溢れてくる。
ロイさんにとってはただ他の人から貰った物を横流ししてきただけのピアスでも、アツシにはロイさんがくれた大事なピアスだったのだ。
――辛い。
ぐすぐすと泣くとキイトが慌ててポケットを探るがハンカチが見つからないらしい。
「もー、泣かないでくださいよー!」
困ったように眉根を寄せ、そのまま自分の袖で涙を拭ってくれる。
汚いからいいと言おうとしたけれど、唇が震えるだけで上手く言葉に出来なかった。
「なんか分かんないスけど大事なものだったんスか?俺直しましょうか?」
ピアスのことだろう。
多分壊れてしまって泣いていると思われているんだ。
違うと説明する気力もなくて下を向いたまま力なく首を横に振る。
直せない。そもそも直せるものじゃない。
ただ自分が期待し過ぎただけなんだ。
1人で舞い上がってしまったから、そう言いたかったけれど思えば思う程涙が溢れて止まらなくなる。
キイトが困るから泣きやまなきゃいけないと思うのに上手くいかない。
ボロボロ泣くアツシに困惑しつつも、気の優しいキイトはそんなアツシを放っておけないらしい。
ハッとした表情の後に持っていたアクセ入れを漁った。
「ほらアッシュさん!これあげますから!」
出してきたのは丸い金のピアスだった。
「俺が作ったんスよ!これならファーストでもいけるんで今からつければ耳の方は大丈夫っス!ピアスも持ってきてくれたら俺直しますから……だから泣き止んでくださいよー」
眉根を下げて、まるで自分が悲しんでいるようにこちらを見上げる。
違うんだと言いたかったけれど、もう言う気力も残っていない。
「ほら、耳出してください」
結局優しく宥めるキイトに言われるがまま、消毒をしてピアスを付けてもらったのだった。
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