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第72話
家に帰ってもアツシの気分は晴れなかった。
キイトには迷惑を掛けてしまうし、頭の中では何度もロイさんの言葉とリュウさんの言葉がループしている。
「はぁー……」
結局何故ピアスを付けられたのかは分からない。
あの人のことだ、本当に似合うと思ったら人にあげそうな気もする。
けれどアツシはそれがロイさんからのプレゼントだと思っていただけにショックだった。
そもそも気持ちを伝えもしていないのだから1人で勘違いしただけだ。
かと言って告白する勇気も気力も無かった。
「ホント、何してんだろ……」
大きなため息を吐くとアツシはベッドへと潜り込んだ。
職場でキイトを見つけるといの一番に寄って行ったアツシはキイトに頭を下げた。
「キイト……この前はごめん……」
開口一番に謝られたキイトはキョトンとした表情で首を傾げる。
「なーんで謝るんスか。ピアスのことなら気にすることないっスよ」
いや気にするだろう。
仕事終わりにわんわん泣いて困らせたのだから気にするなという方が無理な話だ。
だいたい、ピアスをくれだなんてそうそう他人に言うものじゃない。さすがに冷静になって考えるとだいぶ非常識な話だ。
お金だけでも払おうとするがキイトは作ったやつだから気にしなくて良いと首を振る。
せめて材料費だけでもと話すがキイトは話を逸らした。
「それより耳大丈夫でした?ファーストは付けっぱじゃないと逆に怪我するから」
「あ、うん。それは大丈夫……」
言われた通り耳周りを綺麗に洗ってから寝たし、昨日のように嫌な痛みももうない。
「なら良かったっス。せっかくピアス開けたのにあんま嫌な思いして欲しくないし。ピアスはプレゼントっスから気にしなくて良いですよ」
その代わり、ホール出来たら他のも付けてみて下さいね!とキイトはニコニコしている。
「ありがとう……」
それがその場しのぎの慰めでなく純粋な好意と分かってようやく肩の力が抜けた。
始まりは好調だったのにロイさんの方はと言うと、今日は物凄く機嫌が悪い。
普段はピリピリしていてもあまり表情に出ないようにしている人だが、今日はあからさまに目付きが剣呑だ。
その上、こちらを見る度に突き刺さるような視線を寄越してくる。
しかしピリピリしたいのはこちらの方だ。
言う通り穴を塞がないようにしたというのに何故そんなにイライラされないといけないのか。
怒りを通り越してだんだん悲しくなってくる。
アツシは思わず鳩尾を押さえた。
――苦しい。
「アッシュ君、悪いけれど来週のことで少し話があるから休憩室寄ってくれる?」
「……分かりました」
仕事の話と言われると断りにくい。
憂鬱な気持ちが反映されてしまったのか、なかなか片付けが終わらず一通り終えて休憩室に行く頃にはもうマキさんもキイトも上がった後だった。
「……失礼します」
「あぁ、お疲れ様」
部屋に入るとすぐに来週のシフトについて聞かれる。
特にさっきと変わらない様子に居心地が悪い。
――早く帰ろ。
「――それでお願いね。……ところで、」
ついぼんやりと違うことを考えているとロイさんの視線の先が変わった。
「何これ」
「……貴方が塞がないでって言ったんじゃないですか」
耳に触れられそうになったアツシは慌てて後ろに下がる。
伸びてきた手を避けるとロイさんの眉がピクリと動いた。
「これキイトのでしょ」
「そうですよ。……俺もう上がるんで失礼します」
またキイトに飛び火したのでは堪らない。何か言われる前に逃げようとアツシはくるりと背を向ける。
――ダァンッ、
それまで腕を組んで黙って見ていたロイさんだったが、通り過ぎ様に進行方向の壁へ腕を叩きつけた。
「気に入らないんだけど」
怒気を含んだ視線が怖い。まるで嫉妬でもしているような視線に動揺する。
けれど今は見たくなかった。
「は、離してください」
「これ外して」
これ、のところで首輪に触れられる。
「……嫌です」
「何で、」
「――もう、止めましょう」
アツシの言葉にロイさんはピタリと固まる。
無表情からは考えを引き出せない。
今言わないとズルズルと関係を続けてしまいそうで怖い。
その気がないのなら、もう終わりにした方が良い。
今じゃないと、もう言えない気がしてアツシは必死に言葉を絞り出した。
「こ、こういうの止めましょう。もう、これは外しませんから……だから」
言い終わらないうちに壁際へ力任せに縫い付けられた。
「……い゛……っ、」
手に擦りむいた時のような硬い感触が直に当たる。
一瞬痛みに耐えた後思わずロイさんの方を見てしまい固まった。
今まで見たこともないほど無表情でこちらを見下ろしている。この前の無気力な時とは違う。目の奥には怒気のような、何が強い感情が見えるがアツシにはよく分からなかった。
「何勝手なこと言ってるの?」
「勝手なのは、ロイさんでしょ……」
まるでこちらが悪いと言われているようでアツシの方も思わずカッとなる。抑え込まれた腕を振り払おうとするが動かせない。そのままアツシはロイさんを睨みつけた。
「いっつも好き勝手して……俺のこと振り回して……っ、もうやだ……」
これ以上変に期待して傷つきたくない。
好きだから苦しい。
それに耐えられない。
「……これは、もう|番《つがい》になる人にしか外しません」
だから諦めてくださいと言おうとして手首をひねりあげる勢いで握り込まれる。
「ダメ」
今度は反対にぐっ、と引き寄せられる。突然のことにバランスが取れずその胸元にしがみついた。
アツシの顔を無理やり上げさせ強い口調で言い切る。
「他のアルファの番になるなんて許さないから」
怒気を含んだような真剣な眼差し。
その意味を考えかけて泣きそうに歪む。
心が揺らぎそうになるけれどきっとこれは、そう言う意味じゃない。
同じ気持ちじゃないのが苦しい。
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