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第76話

「ん……っ、」 ふ、と目を覚ますと柔らかな布団に包まれていた。 起き上がろうとするが背中に痛みが走ってすぐに元の体勢へと戻ってしまう。 そこでようやく全身の倦怠感を自覚した。 「う……いた、い……っ」 声が枯れて上手く話せない。 何だかこんな状況が前にもあった気がするが、その時よりもだいぶボロボロだった。 全身筋肉痛の様な痛みがあるし、背中は特に酷い。 どちらかと言うと擦りむいたような、ひりつく痛みがあった。 そこでようやく何があったのかを鮮明に思い出す。 耳に触れればジンとした痛みと共にピアスの冷たい感覚か伝わってくる。 明らかにキイトが付けてくれたものとは違うものだ。 触れているうちにロイさんの最後の言葉も思い出した。 思わず布団に潜り込む。 ――ど、どういう意味だろう……っ、 ロイさんの真意が分からない。 そもそも好きだということが伝わってるということだろうか。アツシ的にはそこがまた問題だった。 告白する気がなかったのに告白してしまったようで落ち着かない。 けれど、 ――聞くのが怖い。 それで勘違いだったら今度こそもう立ち直れない。 うんうん唸っているうちに部屋の扉が開いた。 入ってきたのは案の定ロイさんだ。 そこで初めてアツシは周りを見渡す。 どうやらロイさんの家の寝室にいるらしい。見覚えのある部屋に安堵した。 入ってきたロイさんはベッドの端に腰掛けるとアツシの顔を覗き込む。 「身体どう?」 「……背中が……痛い、です」 「無理させたからね。ごめん」 さっきまでと違って穏やかだ。 ――怖くない。 その事にホッとすると同時に他のことが気になってきた。 「あの、お店は……」 見てはいない。見てはいないが絶対惨状が広がっていたに違いないのだ。 それを思うと胃が痛い。 「大丈夫さすがにちゃんとしてあるよ」 それよりほらお水、とボトルの水を渡される。 起き上がろうとすると身体がだるくてしかたない。 後ろからロイさんに支えられてようやく起き上がったアツシはボトルに口をつけた。 1口飲むと急に喉の乾きを思い出し、夢中になって飲み続ける。 「……っはぁ、」 半分ほど中身を飲み干したところでようやく満足して口を離した。 水分を取ったからか、何となく思考がクリアになってくる。 その横で前に貰ったのと同じ錠剤を取り出すとロイさんはお水を口に含んだ。 もう2回目なので抵抗しても無駄なのはわかっていた。 そのまま口付けてくるので大人しくそれを飲み込む。 「……っん、はぁ、」 「いい子。今日は休みだからゆっくり寝てて」 そう言ってロイさんはアツシの頭を撫でる。 けれどここはロイさんの家だし、ベッドだってひとつしかない。 「タクシー呼んでくれたら……帰りますから……」 「だめ。帰さない」 なんで、と思ったのが顔に出たのか目元に親指の腹で触れられる。 「そんな顔して出てくの?」 「そんなって、」 どんな顔かなんて分からない。 疑問符を浮かべるとロイさんが目を細めて笑った。 「えっちしてきましたーって顔」 「そ、ん……っごほ!!」 そんな顔してない、と言おうとしたが動揺しすぎて言葉にならない。 結局帰してくれる気はなさそうで仕方なくベッドへと横になった。 横になるととろとろと眠気が襲ってくる。 ――ねむい。 「おやすみ」 ロイさんの声を聞きながらアツシの意識はまた落ちていった。 それから何度か寝たり起きたりを繰り返しながらも翌日の夕方には何とか起き上がれる位になったアツシはシャワーを借りて出勤の準備をし始める。 全く動けない程ではないし、何だか職場であれこれしてしまった罪悪感があって休む気になれなかったのだ。 シャワーを借りてスッキリしたアツシはふと気になって洗面台の鏡を覗き込んだ。 右耳には最初に付けられたものとよく似たピアスが付いていた。 違うところといえば、最初のものより少し紫がかったピンクという所だろうか。 きっと石の種類が違うのだろう。あまり詳しくないアツシには分からないが、ロイさんが選ぶくらいだから高いものなのだろうとは思う。 触れた石はひんやりと冷たい。 『それはちゃんと僕が選んだやつだから』 急に言われたことを思い出し、1人で頬が赤くなる。 ――ロイさんが選んでくれたやつ。 それだけでこんなに浮かれているんだから本当に自分って単純なんだろう。 馬鹿だなと思いつつも、まだもう少しだけ夢を見ていたい。 そっと指の先でピアスを撫でるとアツシは今度こそ支度を始めた。

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