78 / 106
第78話
ユキオは器用なので下手したらこの状態でも首輪を外しかねない。事を進めようとするユキオへ必死に抵抗するとシャツの胸元が肌けた。
それ自体は特に気にしていなかったが、胸元が開いた瞬間、何故かユキオの動きがピタリと止まる。
しかし説得するなら今しかないとアツシは慌てて口を開いた。
「ね、良く考えてよ。ユキオは本当に俺の事そういう風に好きなの?番になったらヒートの時とか、俺と寝なきゃなんないんだよ?ユキオは俺とそういうことしたいわけじゃないでしょ?だから、」
「それは、そういう事出来るからあの人にするってこと……?」
「は……?」
そういう事、の所でアツシの首元を指先でなぞる。
辿るような動きでロイさんに噛み付くようにキスされた事を思い出した。
――あ、キスマーク……!!
ようやく何が見えているのか正しく理解し、慌てて首元のシャツを合わせる。
「ち、違くて……っ」
「なんであの人なの。なんで、おれは……」
「ちょっと、聞いてユキオ……っ!……ひ、」
ぐん、と身体に|アルファ《ユキオ》の圧がかかる。
「やだ、やめて……っ、ゆき……」
息が苦しい。
空気が熱せられたように熱くて上手く息が吸えない。
ユキオは頭に血が上っているのかこっちのことなんて全然見ちゃいない。
アツシを通してどこか違うところを見ている。
――あついあついあついっ!!
「ひ、ぁあ゛ぁ……っ、」
完全に暴走するような形で当てられたフェロモンは濃厚で暴力的な強さだった。
もう立つことどころか指1本動かすのもやっとだ。
息が苦しくて喉を引っ掻くが力が入らないので触れるだけで終わってしまう。
「ぁ、……くっ」
――苦しい。
苦しいけれど、それでもユキオが心配でアツシは必死にユキオを仰ぎ見る。
アツシのフェロモンに当てられているはずだが、辛そうなだけで暴走するようなラット化はしていない。
もしかして抑制剤飲んでる――?
頭の片隅でそう思いはしたが、それ以上は考えられなかった。
思考が、フェロモンに塗りつぶされていく。
――あつい。
「ぁ、……あ゛っ、」
どうしようもなく熱い。
後ろが濡れてくるのを自分でも感じる。
もう目の前にいるのが誰なのか理解出来ない。
誰でもいいから早くこの熱をどうにかして欲しい。苦しくてすがろうとすると後ろから声が聞こえた。
「……っなにしてんだ!!」
ガッ、と人影がユキオとアツシの間に割って入ってくる。ぼんやりと見上げるが誰なのか上手く認識出来ない。
けれど、相手がアルファなのは本能で分かった。
アルファを誘う様にフェロモンが強くなる。
それに合わせて心臓の鼓動が大きくなった。
「……う、すっげえにおい……っ、」
みるみるうちに顔が赤くなって息が上がるのが見える。
そこでようやく遅れてタイガが来たのだと気づいた。
しかし気づいただけで息をするのも必死なアツシは声を掛ける事など出来ない。
多分、ユキオを追いかけて来たのだろう。
ということは、やっぱりタイガと何かあったのだ。
ぼんやりと頭の片隅でそう思考するが口に出して尋ねる余裕は全くない。
「アツシ、抑制剤は……?!」
「あ、……あぅ……」
「抑制剤!」
苦しいのか、フーフーと獣のような息を吐き出しながらもタイガは必死にアツシの肩を掴んで耐えている。
肩を掴まれた事で痛みで一瞬我に返ったアツシはそこでようやく言われている意味を理解した。
「ひ、ァ……っ!ぽけっと、なか……っ、」
「ポケットだな……っ、」
「あァ゛……っ、」
ゴソゴソとポケットを漁られその刺激ですら達しそうになる。タイガの息遣いが首筋にあたるだけでもビクビクと腰が動いて辛い。
「ちっと痛いぞ」
「や、ぅ……っ!!」
ぐっ、と太腿が熱くなったと思ったら抑制剤を打たれていた。
その刺激に背中を丸めて耐えていると二人の会話が耳に入ってくる。
「ちょっと待て逃げんな、」
「……離せバカ!」
「うるさいバカはお前だろ!!こっち来い……!」
「……いたい!ばか!」
揉めてるのが聞こえ、ガクガクと震えながらもゆっくりと顔を上げた。
ボロボロと泣き崩れるユキオとそれを無理無理引き摺っていくタイガが見える。
「……きお、」
心配で声を掛けたくなるのに上手く言葉に出せなくてもどかしい。
「アツシ、ごめんな」
切なそうに、それでいて申し訳なさそうに眉を下げるタイガにアツシは何とか頷いた。
この状態で置いていくのが忍びないのだろう。
――ユキオのことはタイガがどうにかしてくれる。
それだけ分かってホッとした。
身体の力が抜けていく。
抑制剤はタイガが打ってくれたので時間が経てばこのヒートも落ち着く筈だ。それまで耐えればいい。
今はアルファが近くに居ない方がいい。
タイガもそれが分かっているのか、ユキオを連れて別室へと移動してくれた。
ともだちにシェアしよう!