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第81話

あれから暫くしてようやく抑制剤が効いてきたアツシはカーペットに呆然と座り込んでいた。 薬が効いてくると途端に今までどこかへ飛び去っていた理性が罪悪感をガンガンに訴えてくる。 ……やってしまった。 とうとうやってしまった。 惨状を目の当たりにしながら大きく深いため息を吐いた。ベッドよりもカーペットの方が酷い。 それはそうだろう。途中からベッドにも戻らず一心不乱にここで腰を振っていたのだから。 アツシ自身の体液でぐっちゃぐちゃになったこれはどうしたらいいんだろうか。オメガのそれはアルファとの性行をしやすくする為にかなり滑りが良いものになっている。 それでいて粘着質というか拭いてもあまり落ちずにぬるぬるするだけだ。 もういっその事全部捨てるしかないかもしれない。 「はぁー……っ、」 冷静になった今だからこそ、泣きたくて仕方ない。 むしろ半分泣いていた。 「ぐす……っ、」 これからずっと、こんな風に生きていくのか。 不安で仕方ない。 それでも、オメガである自分を受け入れないと先に進めない。 アツシは手の甲で涙を拭うと大きく息を吐き出した。 そういえば、ユキオはどうしただろうか。 恥ずかしながら抑制剤が効いて落ち着いた今だからようやくそのことを思い出した。 ――自分のことでいっぱいになるなんて情けない。 多分、タイガがユキオを落ち着かせてくれている筈だ。 そもそもタイガと何かあったのだろう。 最近のユキオはずっと様子が変だった。 やたらバース性について気にしているような節があった上に今回のこれだ。確実にタイガ絡みのことだろう。 兄貴分としても2人がどうなったのか心配だが、まずは自分の事をどうにかしなければいけない。片付けも必要だがその前にシャワーも浴びたい。 こんなドロドロの状態で2人に会うわけにはいかない。 眠りたいと訴えてくる身体を叱咤して何とか立ち上がる。 ボロボロの状態で何とか形だけ整えて着込むとアツシは部屋を出ていった。 シャワーを浴びてスッキリした後は疲れた身体に鞭を打ってどうにかこうにか部屋の掃除を済ませた。 カーペットを全て退かすにはベッドや棚を動かさなければいけない。どう考えても体力が足りないのでとりあえず酷いことになった部分だけをハサミで切り取る事にした。 痕跡は残ってしまうが仕方ないだろう。さすがにこの部屋の惨状をタイガ達に見られたら暫く立ち直れそうにない。 ぐちゃぐちゃになったシーツは洗濯機に放り込み、バイブも――考えた末にとりあえず水洗いすることにした。 今後のことを考えるならば捨てる訳にもいかない。 そんなアツシの状態を察するかのように完全防水だったことはなんとも言えない。 継続的な使用を考えて渡されたのがヒシヒシと伝わってくる。居た堪れない話だ。 そんなことを思いながらもなんとか落ち着いた頃、部屋にノックの音が響いた。 きっと2人ともいるんだろうなとは思ったがあえて声をかけなかったのだ。というか、惨状を何とかするのに忙しくてかける余裕がなかったというのが正しいかもしれない。 「アツシ……今いいか」 「いいよ」 了承を返すと、顔だけを出したタイガと目が合った。手招きすると恐る恐るといった風にタイガだけが入ってくる。 「アツシ、身体は……?」 「ん、もう大丈夫」 ベッドに腰掛けて応対していると、その後ろからユキオが顔を出した。 下を向いたままのユキオの表情は見えない。無言のままアツシの前に来たユキオは目の前にストンと正座をする。 ぎょっとしてる間に深々と頭を下げられた。 「……アツシ……無理させてごめんなさい」 「ちょ、ユキオ。顔上げて」 慌てて声を掛けるがユキオは顔をあげない。その肩が小刻みに震えているのに気づいたアツシはベッドを背もたれにして床に座るとユキオの顔を覗き込んだ。 まるで捨てられる寸前のような、迷子のようにさ迷う視線と目が合う。 「ユキオ」 アツシの声掛けに対しユキオはようやくこちらをしっかりと見つめ返した。 「許すよ。でも、もうしないでね」 ふ、と笑うとユキオの目からぽろぽろと涙が溢れてくる。 それを手で拭ってやると頭を撫でた。 「ごめ……なさ……っ」 「ユキオが反省してるのよく伝わってるよ。俺はもう大丈夫だから。ユキオは?もう平気?」 「うん……」 すんすんと鼻を鳴らしながらもユキオが頷いたのでもう一度頭を撫でた。 ユキオが頷くと後ろからタイガが口を挟む。 「その事なんだけどよ。……俺たち付き合うことにしたから」 ということは、無事に仲直り出来たということなんだろう。良かった。 ずっと気になっていたのでその一言が聞けて身体の力が抜ける。 勿論、タイガとユキオのことだから大丈夫だろうとは思っていたがそれでも最後にみた崩れ落ちるユキオの姿が忘れられず不安だったのだ。 「おめでとう。良かったね、ユキオ」 アツシの言葉にユキオは小さくか細い声で「ありがと……」と返してくる。2人ともお互いの事が好きなのは明らかだったのだ。あんまり拗れずに済んで本当に良かった。 ホッとしたアツシはタイガをちょいちょいと手招きする。 寄ってきたタイガごとユキオを抱き締めた。 「良かった……。2人ともおめでとう」 「ありがと……」 「あんがとな」 これできっと2人は大丈夫だろう。 登ってきた朝日に照らされながら、アツシは心の底から安堵した。 「良かった……」 「アツシ……?」 「大丈夫か?」 安心したせいだろうか、身体の力が抜けて2人にもたれ掛かる。心配そうに覗きこまれた気配を感じたが目が開けていられない。 「ごめん、眠い……」 「俺が運ぶから寝ていいぜ」 タイガがくしゃりとアツシの頭を撫でる。 ゆらゆらと揺られるような感覚をまどろみの中で体感しながらもアツシの意識は遠のいて行った。

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