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第82話
「ん……」
結局そのまま眠りこけてしまったアツシは夕方になってからようやく目を覚ました。
何だか節々が痛い気がする。
時計を見ればもう17時近い時間だ。いつもより大幅に寝過ぎたが、体も疲れ切っていたので今回は仕方ないだろう。
ぐっ、と伸びをしているとドアノブが回ってユキオが顔を出した。
「起きた……?」
「おはよ。もしかしてずっと待ってたの?」
まさかいるとは思わずアツシはキョトンと目を瞬かせる。
だってあれから時計ひと周り分くらい経っているのだ。さすがに2人とも帰っているだろうと勝手に思い込んでいた。
「いや、一回帰ったよ。そろそろ起きる頃かと思って戻ってきた」
そう言ってユキオは手に持っていたマグカップを手渡す。
受け取ったマグは温かい。
覗き込めば家に常備してあるレモネードだった。
「……おいし」
「良かった」
ふっ、と笑うとユキオはようやく表情を和らげる。
やはり気にしているのだろう。
気にするなという方が無理なのかもしれないが、アツシとしては自身のあられもない姿まで思い出してしまうので気にしないで欲しかった。
戻ってきたということは話してくれる気に違いない。
ポンポンと隣を軽く叩けば大人しくユキオが隣に座った。
そのままゆっくりとレモネードを飲んでいると自然にユキオが話し始める。
「ずっと、小さい頃からタイガの事が好きだったんだ。でも、タイガはそういう気がないっていうか興味がないっていうか」
確かにタイガはユキオのことを大事にはするが恋愛方面に疎い。それもユキオのストーカーや追っかけを追い払っていたので無意識にそういう感情を向けない様にしていたのかもしれない。
「本当は、もっと早く告白する気だったんだ。けど、勇気が出なくて……そんなことしてるうちにバース検査があって……」
基本的に10歳を過ぎる頃には学校で一斉にバース検査が行われる。
アツシを含めて圧倒的にベータが多い中、タイガもユキオも結果はアルファだった。
「何となく、心のどこかで分かってはいたんだ。きっと俺もタイガもアルファなんだろうって……」
ユキオの表情が切なく歪む。
アツシはそっとユキオの背中を撫でた。
オメガがオメガであることを実感する瞬間があるように、アルファにも何か予感する瞬間があるのかもしれない。
「周りがみんなバースの話とか番の話で持ちきりになって……タイガにもいつか|番《つがい》が出来るんだってようやく自覚して……。俺じゃない人を選ぶんだって思ったら苦しくて……」
ふと、ロイさんの顔が浮かぶ。
好きな人が自分じゃない人を選ぶ怖さ。アツシも今まさにそれを実感しているところだった。
告白する気でいた人が同じアルファ性と分かれば躊躇することもあるだろう。勿論アルファ同士だから一緒になれないわけではない。
当人達が望めば男だろうが女だろうが、バース性に関わらず結婚だって出来る時代だ。
それでも10歳という多感な時期に、同じアルファを好きになってしまったという事実がユキオを苦しめた。
タイガを大切に思えば思う程、それは強くなる。
なんせアルファとオメガには番という大きな結び付きがあるのだ。
タイガの幸せを願うからこそ、それを無視することが出来なかったんだろう。
「告白する勇気もなくて。かと言ってタイガが恋人を作るのを応援することも出来なくて。逃げたかったんだ……。逃げたくてアツシに酷いことした……」
ユキオはポロポロと涙をこぼしながらもアツシを見つめる。
「アツシのこと、心配なのは本当だった。けど、おれは……アツシがオメガだって聞いて……タイガだけじゃなくてアツシも離れていくと思ったら怖くて……」
「それで番になるって、言ったんだね」
コクリとユキオが頷く。
安直な答えであったとしてもユキオは必死だったに違いない。それだけユキオの世界は狭かった。
狭い世界から大切なものが零れていきそうになって必死に手を伸ばそうとした結果がアツシを番にするという事だったんだろう。
「アツシ……酷いことして、ごめんなさい……」
「……良いよ。俺も、気付いてあげれなくてごめんね」
マグカップで温まった手でユキオの頬に触れる。
ヒヤリと冷たい涙を手のひらで拭った。
今ならユキオの怖さが分かる。
ロイさんが他の人を選ぶかもしれないと思うと胸が苦しくて辛い。
ユキオはずっとタイガだけを見てきたのだから余計に苦しかっただろう。
「変わることはたくさんあるけど、2人は大丈夫。何より、タイガもユキオも俺の大事な弟だよ。ユキオもそうでしょ?」
「……うん」
アツシは小さく丸まって震える背中を抱き締めるとそっと隣で撫で続けた。
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