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第83話
一通り話して落ち着いた頃、ユキオはようやく顔を上げた。ティッシュを手渡したアツシはすっかり冷めてしまったレモネードを飲み干す。
コップを机に置いて戻ってくると今度はユキオがアツシに疑問を投げかけた。
「アツシは……あいつが好きなの?」
ユキオが見つめる視線の先を辿れば右耳に向かっていた。
そこにあるのは勿論ロイさんがくれたピアスである。
痛がりなアツシがピアスを付けているというだけでどういう事なのか何となく分かってしまうらしい。
その事に気恥しさを感じながらもアツシはコクンと頷いた。
「うん……好きだよ」
自分の口で誰かに話すのは初めてだ。それでも|好き《・・》の言葉は、思った以上にストンと自分の心に落ち着いた。
今度は逸らすことなくユキオの目を見つめる。
「ロイさんのこと、好きだよ」
「……あいつに言ったの?」
「ううん……まだ」
まだとは言ったものの、言えるかどうかまだ分からない。
けれどたったその一言だけでユキオには正確に伝わったらしい。
「……アツシも、こわい?」
「……怖い」
拒絶されるのが怖い。
それどころか傍に居られなくなってしまったらと思うと、怖い。
万が一両想いになれるならばこんなに嬉しいことはない。それでも躊躇してしまうのはアツシが臆病だからだ。
けれどユキオもその感情に覚えがあるからだろう。いつもみたいにキツくロイさんを拒絶することは無かった。
変わりにアツシへ静かに尋ねる。
「それでもあいつがいいの?」
「……うん」
ロイさんがいい。
他の誰かじゃなくて、ロイさんが好きなのだ。
すぐ手を出してくるし、たまに何を考えているのか分からなくなるけど。
それでも、限界まで他人に弱みを見せないようにするあの人が好きだ。
仕事に熱心でプライドを持って仕事をしている所も、何も手がつけられなくなるくらい弱くなってしまう所も、優しいとは言えない抱き方をする意地悪な所も、全部好きなのだ。
その気持ちに偽りは無かった。
「俺はあいつ好きじゃない。俺が言えたことじゃないけど……アツシのこと、平気で傷つけるから」
アツシは不安そうな、少し不貞腐れたようにも見えるユキオの顔を見つめる。
単に気に入らないから言っているわけではなく、心配されているのだというのは十分伝わっていた。
勿論、気に入らないのもちゃっかり入ってはいると思うが。
「ありがとうユキオ。心配してくれて。けど、俺はロイさんがいいんだ。ロイさんじゃないとダメだから……だから」
そこで1度言葉を切ると、自分自身に言い聞かせるようゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だから、ちゃんとするよ。それでダメなら諦める」
言った言葉を奥歯で噛み締める。
本当は考えるだけで胸が痛い。
それでも、ずっとこのままではいられないんだ。それに気づいてしまったら怖くても次に進むしかない。
不安なのを悟られたくなくて真っ直ぐにユキオの目を見つめ返すとユキオは諦めたように溜息を吐くとアツシに笑い返した。
「ん、分かった。……ねぇ、俺もタイガもアツシのこと大事だから。忘れないでね」
「ありがとう」
「……ん」
自分がユキオへ言った言葉が優しく返ってくる。
タイガの話が出来たことにも、ロイさんのことを話せたことにも全部ほっとしてアツシもユキオへ笑い返した。
話を終え、スッキリした顔で帰るユキオを見送ったアツシは自室へと戻ってくるとおもむろに部屋へ置かれた鏡を手に取った。
耳元を見ればキラキラと反射するピアスが見える。
そういえば本人に聞きそびれてしまったがこれはなんて言う石なんだろうか。
ピンク……いやピンクに近い赤紫?
石自体は小さいが、濃いめの色だからか結構目立つ。
キイトが前に言ってくれた通り、真っ黒なアツシの髪にもよく映えている気がする。
耳もまだジンとした痛みはあるものの、嫌な感じはしない。それもこれもキイトが正しいケア方法を教えてくれたからだろう。有り難い話だ。
最初はピアスを見て心が弾んでいたものの、そのうち段々と気分が曇っていく。
貰って凄く嬉しい反面、もやもやした気持ちがあるのも事実なのだ。
「はぁ……」
リュウさんとキスするのにアツシにいきなりピアスを開けてきたりするロイさんの気持ちがよく分からない。
外した後に新しいピアスを買ってくる行動も期待していいのかどうか正直分からない。
たんに引き止めるだけのものなのか、それとも――。
「あー……うぅ……」
唸りながら、アツシはぼすんとベッドへとダイブする。
ユキオにはああ言ったものの、なかなか踏ん切りがつかないのも事実だった。
今の関係が壊れるくらいならこのままでも良いと思ってしまっているあたりが本当にダメだ。
けれど、ずっとこのままでいるわけにはいかないことも分かってはいる。
「告白……する勇気がなぁ……」
リュウさんとアツシならばロイさんは確実にあちらを選ぶんだろうと、勝手に思っている。
アツシより付き合いが長い上に、ロイさんが好みそうな美人顔だ。
アツシは持っていた鏡をちらりと覗き込む。
目鼻立ちもハッキリしているし別に不細工ではない。
ロイさんにだって特に嫌がられた覚えはない。それでもリュウさんと並ぶと見劣りする。
昔から周りに地味だと言われてきたのでそれは十分分かっていた。
別に顔が全てではないがつい考えてしまう。
まさか恋愛事でこんなに悩む日が来るとは思わなかった。
その手の話が苦手で逃げ回ってばかりいたのがこんな所で痛手になるとは思わないだろう。
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