84 / 106
第84話
「20歳過ぎてからの初恋なんてどう見ても重すぎる……」
顔云々じゃなくとも絶対面倒臭いと思われるだろう。
――ダメだ。自分で言った言葉に落ち込んでしまう。
ロイさんがリュウさんを選ぶにしても、アツシはアツシでちゃんと区切りを付けないといけない。
分かってはいるのにいざしようとすると勇気が出ない。
「相談……」
誰かに話を聞いて欲しい、そう思ったところでシキさんの言葉を思い出した。
「リョク……」
こんなこといきなり相談されたら困るだろうか。
いや、リョクは学生時代、人の恋バナとか聞くの好きだったし多分大丈夫なはず。
アツシはドキドキしながらも携帯のチャットでリョクに連絡をとった。
会って相談したいことがあると打ち込むとすぐに既読がつく。
いつでも都合が良い時に、と打つ前に明日行ける旨が返ってくる。
「は、早い……」
そもそもこんなに早く返事が返ってくること自体予想外だった。あまりにもトントン拍子で話が決まってしまい、何だか実感が湧かない。
しかしあまり遅くなるとまた怖気付きそうだ。
ここはさっさと相談してしまう方が得策なのだろう。
「なんか……変に緊張する」
アツシは待っている旨を書き込むと布団へ仰向けに寝転がった。
翌日、昼過ぎになってからインターホンが鳴る。
朝からそわそわと落ち着かなかったアツシは一目散に玄関へと飛んでいった。
「い、いらっしゃい」
「こんにちはアツシ」
ニコニコと笑うリョクは元気そうだ。
ラフなTシャツにスキニーパンツを履き、手にはカバンの他にも何やら袋を持参している。
毎回ここへ来る時は手土産を持参してくれるのできっとその中身もそうなのだろう。
「急にごめんな」
「いいえ!来たいと言ったのは僕ですから。……あ、美味しいハーブティーを頂いたので持ってきましたよ」
「ありがとう」
* * * * *
一先ずお茶をいれて席に着くも、何から話せばいいやらと戸惑う。
「えと、実は……好きな人が出来て……」
「詳しく聞きましょう……!!」
「え、うん」
ずいっと身を乗り出されて思わず後ろに引いてしまう。
な、なんでこんなに乗り気なんだろうか。
「その……相手がお、男の人で……。昨日たまたまリョクがシキさんと路地にいるとこを見かけたから……相談しようと思って」
ニコニコとした表情のまま、リョクがピシリと固まる。
そのうち両手で顔を覆い始め、真っ青なまま片手で制してきた。
「……先に言い訳させてください」
「ど、どうぞ」
「別にずっと黙ってようとしたわけじゃないんです。ただ、いつ言えばいいのかタイミングが掴めなくて。ほら、アツシはあまりこういった話得意じゃないですし。そのうち時間が経ちすぎて言いにくくなってしまって」
やはりアツシの考えは当たっていたらしい。
「それに……僕ずっと好きな人いましたし」
「モミジね、」
モミジはユキオの親戚の子で今はユキオ宅に居候しながらパン屋を手伝っている子だ。
リョクは学生の時にモミジへ一目惚れしてからずっとモミジが好きだった。
当のモミジは残念ながらパンを愛してやまないのでリョクのことは全く意識していなかったが。
「だから、余計言いにくくて……」
好きになったら一途な性格なのでずっとリョクはモミジが好きだったのだ。けれどモミジに脈がないのはアツシにも分かるくらいなのだからさすがに諦めもするだろう。
別にそれ自体が悪いことだなんて思わない。
「ちなみにいつから……」
「に、2年くらい前です」
「結構前だった……!」
まさかそんなに前からだとは思わなかった。
「1年を過ぎたあたりから更に言い出しにくくなってしまって……」
下を向いたまま、リョクは膝の上で固く拳を握る。
「あ!でもアツシには言いたくないとかそういうのでは決して……!」
「うん、勿論分かってるよ」
アツシが頷くと安堵の表情を浮かべる。
「シキさんの何処が好きなの?」
「別にほぼ好きじゃないんですけど」
「待って前置きがおかしい……!」
アツシが慌ててツッコミを入れる。
恋人なのに好きじゃないの?とアツシの中では疑問符が浮かんでいた。
待ったをかけられたリョクは不服そうに呟く。
「だって顔が好きじゃないし、胸ないし。まぁ、それはどうでもいいんですけど。……よく仕事柄浮気されますし、いい所がね」
あからさまに大きくため息を吐いたリョクは遠い目をする。
そういえばこの前来た時も文句を言っていたなぁと思い出した。
「でもまぁ強いて言うなら一緒にいて気が楽っていうのと気兼ねしなくていいって言うか。気が合う、フィーリングが合う……そう言えばいいですか?」
「なんで投げやり?!」
リョクは異様な程に特化した特異体質 のせいでなかなか他人と適切な距離を保つことが出来ない。
気を抜くと他人の思考が流れ込んでくる生活は、アツシには想像付かない世界だ。
シキさんも体質的なものなのか思考が読まれにくいらしく、リョクが意識してやらないと上手く読めないと言っていたことがある。
だからそういうのを抜きに普通の生活が出来る相手というのはかなり稀有な存在なのだろう。
ともだちにシェアしよう!