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第85話

「誰もが誰も、好きになった相手のこと100%好きってわけじゃないじゃないですか。不本意に好きなっちゃう相手だっているって事ですよ」 だって僕女の子の方が好きですもん、と頬杖をつきながら続ける。 でも女の子の方が好きなリョクがシキさんを選ぶってもうそれだけで相当な惚気話なんじゃ、とは思ったがアツシは口にしなかった。 楽だからという理由だけで相手を選ぶような性格じゃないことはよく分かってる。けれど複雑な気持ちなのも本当なのかもしれない。 リョクは一息つくと持ってきたお茶を一口飲む。 その後で伏し目がちに呟いた。 「もはやここまで気を使わなくていい、気を許せる関係なら愛って呼んでもでもいいでしょ。かけがえのない相手にちょっと愛情が乗っかっただけです。特に何も問題は無いです」 「で、デレた……!」 「……?何かデレるようなこと言いました?」 「いや、うん」 なんか色々凄いことを聞いた気がする。 アツシの抱えきれないでいるものとは別の、ある種達観した関係ということだろうか。 まぁ、シキさんのことだからそう言っているのも見透かした上で一緒にいるリョクのことを好いているような気もするけれど。 あっちの方が何枚も上手だろうしなぁ。 「そもそも別にこの話要ります?」 「いや、大いに要る」 他の人の話を聞くなんて貴重だ。 それもリョクの惚気話なんてなかなかないのでこれを機に色々聞いてみたい気もする。 「僕の話なんて良いじゃないですか……!それより、アツシの話を聞かせてください!」 今日はそのために来たんですから、と言ってリョクは誤魔化すように咳払いした。 「――という訳なんだけど」 何から話せばいいのか分からずとりあえず最初から全部を話したアツシはぬるくなってしまったお茶を飲んだ。 冷めても香りが鼻腔をぬけていく感覚は変わらない。 美味しいお茶だなぁ、なんて呑気に考えていると目の前のリョクが耐えるように大きくため息を吐いた。 「……とりあえずロイさん殴ってもいいですか?」 「ぼ、暴力はちょっと」 いきなりの物騒な話題にぎょっとする。 それに対してリョクは拳を握りしめた。 「だってアツシに手を出しておいて他の男にキスするとは何事ですか……!絶対許せない」 「いや……うん」 確かにロイさんがどういうつもりでいるのかはさっぱり分からないんだけども。 ――やっぱり遊びだということだろうか。 「……それはまぁないとは思うんですけどね……」 目を逸らしたリョクがボソリと呟く。 遊びじゃないなら、じゃあなんだと言うのだろうか。 「まぁ、そればっかりはあれこれ詮索しても妄想の域を出ません。本人に聞いてみるしかないですね」 「……ですよね」 それを聞くということはつまり、告白するしかないということになる。 「……無理」 「言わないと進みませんよ」 でも怖いのだ。 嫌われるのも勿論怖いがそばにいられなくなるのが1番辛い。 「怖いのは分かりますがこのままでも良いんですか?」 「それは……」 アツシが沈んだ顔で言い淀むとリョクも思案顔に変わった。すぐに視線をあげると優しく声をかけられる。 「じゃあ具体的に言いましょう。アツシには3つの道があります」 明るく言うリョクの言葉にアツシも顔を上げた。 リョクは指折りしながら一つ一つ提案していく。 「1つはこのままセフレ関係を保ったまま今まで通り過ごすこと。無理に聞き出す必要もないし、今まで通りそばにいられます。けど、いつかロイさんには恋人が出来るかもしれません」 「……う」 途中まで魅力的に聞こえた先には重い言葉が待っていた。 ロイさんに、恋人……。 そりゃそうだろう。 恋人ならまだいいが、婚約者や結婚相手になったとしても年齢的にはなんら不思議はない。 「仕方ないですよ。伝えないというのはそういうことです」 ――確かにそうだけれど。 あまりにも現実味を帯びた言葉に衝撃を隠せない。 呆然とするアツシにリョクは更に続けた。 「2つ目は、全部なかったことにしてロイさんから離れること。お店も辞めて……出来れば引越しもして新しく始めることです。傍にはいられなくなりますが、告白する必要はありません。離れている分、いつかは薄れて自然と恋心も過去のものになります」 「それは……やだ」 そもそも離れたくないという話だったのに告白を避ける為に離れたのでは本末転倒である。 「でしょうねぇ。僕もこれは選ばないかなと思いました」 でも一応提案としてね、とリョクは苦笑を浮かべる。 アツシもそれに頷くと3つ目の言葉に備えて気持ちを身構えた。 これ以上胃に負担のかかる提案じゃないといいなと思いながら耳を傾ける。 「3つ目は……勇気をだして告白することです。ロイさんの気持ちも聞けるし自分の気持ちも伝えられます。万が一振られても吹っ切るキッカケにはなる筈です。アツシさえ我慢すればその後だって傍にいられるはずですよ」 なんだかとても3つ目が魅力的に聞こえる。 そう聞こえるように話しているのだろう。 ……何故だろうか。 リョクと喋っているというよりシキさんと話しているような錯覚を覚える。 シキさんは会話も技術のうちだと言うだけあって人の気を引く話し方が上手い人だ。 リョクに何となくシキさんの一片を見た気がする。 さすがは一緒に仕事をしているだけあるということだろうか。 「告白……」 「頑張ってください」 「う……ん、」 ユキオに言った手前もある。 ここは腹を括って頑張るしかない。 自信が無いながらもアツシはコクリと頷いた。

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