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第87話
「それで、アッシュ君はどうしたの?」
「いえ、別に……、えっと……そう、荷物を取りに来ました……っ」
ついこの間、ロイさんの家に連れてこられた後またしても洋服を置きっぱなしにしていたのだ。
それを取りにきたと主張するとロイさんはあれか、というように視線を外した。
納得されたことでアツシはホッと息を吐き出す。
しかし気持ちは暗いままだった。
――また怖気付いてしまった。
その事に自己嫌悪するがどうにもならない。
告白しに来たなんて知らないロイさんは浮かない顔をした自分を見て1人首を傾げている。
「ロイさんは、なんで俺に構うんですか……?」
あぁ、随分と女々しい言い方だな。
自分で聞いておいて思わず頭を抱えたくなる。それも荷物を取りに来た人間が尋ねる話題じゃない。
それでも聞かずにはいられなかった。
セフレにしやすいと言われてしまえばそれまでだけれど、それでもいいから今はロイさんの言葉が欲しい。
「なんでって――なんで?」
「……へ?」
何故か疑問符で返される。
どういう意味だと顔を見上げれば不思議そうに悩む姿が目に入った。
これは本気で言っている時の顔だ。存外、この人は表情に出やすい気がする。その事に気づいたのも最近のことだが。
「気に入ってるから、じゃだめなの?」
「その気に入ってる理由を聞いてるんです」
尚も追求すればロイさんは「んー?」と唸りながら本格的に悩み出す。
――なにそれ悩んだところで分からないってこと?
そういう曖昧なやつだろうか。それとも本当にただ手が出しやすいとかそういう話だろうか。
だとしたら本当に泣けてくる。
不安になって見上げるとこちらを見つめていたらしいロイさんと目が合った。
視線が交わると途端に目元だけでゆるりと微笑まれる。
何それ、なんか――恥ずかしい。
思わず頬が熱くなるとそのまま片手で包み込まれた。
指先でムニムニと摘むようにして撫でられる。
じっと目を覗き込まれているのでロイさんの瞳の中に自分の火照った顔が見えて居た堪れない。
「も、もういいです……!」
思わず待ったをかけるがロイさんは止まってくれない。顔を振って逃げ出そうとするとポツリと呟かれた。
「この目、」
「え……?」
「目がね、気に入ってる」
まるで愛しい物を見るかのように目を細められて体温が一気に上がっていく。さすがに恥ずかし過ぎる。
「こ、コーヒー入れてきます……っ、」
慌ててその視線から逃れようとキッチンへと逃げ込む。
びっくりした。まさかあんな顔をされるとは思わなかった。
これは、期待してもいいのだろうか。
けれどさっき聞いた時は本気で分からないといった雰囲気だった。悩まれたことに落ち込むべきなのか、ないと突っぱねられなかったことにホッとするべきなのか。
どうにも微妙である。
散々悩んで戻ってくると、リビングにロイさんの姿はなかった。
カップを持ったまま寝室を覗き込むとベッドでうつ伏せになっているロイさんを発見する。
最近忙しかったから疲れているのだろう。昨日も一体何時に寝たのか。
それでもここへ来ることを拒まれないことにほっとする。
ベッドサイドに持ってきたコーヒーを置きながらベッドへと腰掛け、その顔を覗き込む。
「ロイさん、風邪引きますよ」
揺するけれどまったく起きる気配はない。
ブランケットも持ち上げてみるがやはり起きなかった。
今なら、言える――
「ロイさん、すきです」
寝ているので勿論なんの反応もない。
その事に切なさと同時に安堵も感じる。
「すきです……」
そっと濡れたままの髪に指先を絡める。
しっとりとした感触。冷たいはずのそれが気持ちよく感じるのはは自分が緊張して火照っているせいだろう。
寝てる時なら言えるのにどうして起きている時に言えないのだろうか。自分の臆病さにため息を吐く。
結局ロイさんが風邪をひかないよう髪を乾かすとそのまま部屋をあとにしたのだった。
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