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第89話

「ちょ、」 「キイトと何してたの?」 アツシが口を開く間もなくロイさんが低い声で尋ねる。 不機嫌そうな様子にドキドキと胸が高鳴る。 あれ、これって―― 「別に何も……ただヒート来そうだよって言われただけです」 「ふーん。……こんな間近で?」 わざとキイトと同じ体勢をとったロイさんはアツシの項に息を吹きかけた。 キイトの時はなんともなかったが、ロイさん相手となると途端に恥ずかしくなってくる。 慌てて胸を押し返すと目を細めたロイさんは唇を尖らせた。 「は、離れてください……っ」 「…………やだ」 「うえ……っ?!」 そう言って再び首元に顔を埋めるとそのまま食まれる。 噛むのではなく唇だけを使って引っ張るように食む辺りに加減を感じる。 「ちょ、ロイさん……っ、」 「首輪外して」 「え……っ、でも」 さすがにここでそれは不味い。だって部屋でもなんでもなくただの廊下だ。 今だって誰が通るか分からない。 首を振るとロイさんが眉をひそめた。 「いいから、外して。お願い聞けないの?」 首筋に歯を立てられビクンと肩が跳ねる。 痛くはないが、甘噛みされると何だが変な気分になってくる。 その上フェロモンまで漂ってくる始末だ。 「うぅ、分かりましたからそれやめてください……!」 結局根負けしたアツシは渋々首輪を自分で外した。 するとすかさず首の後ろ、項のすぐ横付近に鼻を擦り付けられる。 ゾワゾワとした快感にも満たない刺激が首筋から上がってくる。それに思わず握りこぶしをきゅ、と握って耐えた。 「……今回は弱そうだね」 ヒートのことを言っているのか。 それとも今のフェロモン量のことだろうか。キイトからヒートの話を聞いたばかりでついその事が気になった。 気が逸れているのに気づいたのか、耳を甘噛みされる。 恥ずかしくて手のひらで隠すと手の甲を少し強めに噛まれた。 「痛……っ」 「邪魔だよ」 そのまま両手とも壁に縫い付けられる。 ロイさんはというと、チュッ、とリップ音をきかせて何度も首筋にキスをしてきた。行為自体もそうだがその音が何とも羞恥心を煽る。 「ロイさんも……、離して……っ」 「やぁだ」 「ンん……っ、」 ただ音が鳴るだけのキスは正直気持ちがいい。ゾクゾクし過ぎて頭がぼーっとしてきたアツシは熱い息を吐き出す。 それに合わせてロイさんは首筋に顔を埋めると強く吸い付いた。 「い、たい……っ!!」 思わず胸元のシャツを握りしめる。 痛がるアツシのことはお構い無しにロイさんはあちこちに吸い付くといくつも華を散らしていく。 時折気まぐれに噛み付くとそれにハマったのかあちこち噛みつきだした。 さすがにピアスをつけた耳まで噛まれて怖気付く。 「うぅ……ぁ、やだ……っ!ひ……っ、」 「ふふ……怖いの?」 「っ……怖い……、です」 それはそうだろう。途中から甘噛みとは言い難い結構な力で噛んでくるのだ。耳をちぎられそうで怖い。 しかしロイさんはその怯えた声に興奮したのか深く唇を合わせてきた。 「ンん……っふ、」 それが苦しくて首を横に振ると舌を甘噛みされる。 手では腸骨をなぞられビクリと跳ねた。 何だかその動きに今更ながらいやらしさを感じてアツシは冷や汗を浮かべる。 「待って……、ここはやだ……!」 この前コテツさんにバレそうになったばかりなのだ。 廊下じゃ直ぐにバレてしまうだろうし誤魔化すことも出来ない。 「無理。止まんない」 「や、ダメだってロイさん……っ!」 項を舐めるロイさんはそう言って胸元を肌けさせようとする。 真っ赤になってそれを押さえつけるが行為は止まらない。唇に吸い付かれると頭がふわふわしてくる。 仕事中でだし、そもそもこんな所で出来ない。 だけどどうしよう、気持ちいい――。 思わず手の力が抜けた瞬間、 「こらー!!こんな所で盛るんじゃないわよ!」 マキさんの大声が廊下に響いた。 その声で我に返ったアツシは慌ててロイさんを押しやると肌けた胸元を隠す。 ズンズンと近寄ってきたマキさんはアツシを庇うように囲うとロイさんから引き離した。 「何?」 「何じゃないわよぉ!あんたって人はホントに……!」 明らかに邪魔されて不機嫌な様子のロイさんにマキさんはそのままくどくどと説教を始める。 行為中じゃなくて何よりだが、見られたことには変わりない。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。 ――み、見られた……っ、 大きな声と相まって見られた衝撃が後からじわじわとやってくる。頬も首も熱い。 「し、仕事に戻ります……っ、」 マキさんの腕を退けると恥ずかしさを誤魔化すようにアツシはその場から逃げ出した。

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