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第90話

「お待たせ致しました。ご注文をどうぞ……っ、」 慌ててフロアへと戻ってきたアツシは注文を取りながらもロイさんの言葉の意味を考えていた。 『…………やだ』 あれって雰囲気から察するにもしかして……嫉妬ってことだろうか。 ロイさんが嫉妬してくれた――? もしそうなんだとしたら、嬉しくてたまらない。 接客中だと思い出し、思わずニヤけそうになる頬を慌てて引き結ぶ。 厨房から出された食事を運びながらも頭の中は悶々としていた。 もしそうなら嬉しいけれど、また勘違いだったらどうしようか? ただ1人で浮かれているだけなのではないかという疑念が頭から離れない。 それでもどこか喜んでいる自分がいて、何だか気持ちがふわふわする。 もうこうやって勘違いしてられるうちが1番幸せなんじゃないかと思いだす始末だ。 ロイさんはどう思っているんだろうか。 不安で仕方ない。 もし、もしもだけれど。 勘違いじゃないとするなら、じゃああのリュウさんとのキスはなんだったのか。 考えたところで答えは出ない。ロイさんしか知らないのだからそれはそうだろう。 ――ダメだ。こんなんじゃ仕事にならない。 小さく息を吐き出していると扉に付けられたベルがカランと音を立てた。 「よっ!久しぶりだなぁ!」 お客様に挨拶しようと振り返った先に居たのはシキさんだった。 今日は1人らしく、上着だけを羽織ったラフな格好で片手を挙げている。 「い、いらっしゃいシキさん……」 顔を見たらバイブの件を思い出してしまい、1人居心地が悪くなる。思わず視線を逸らすがシキさんはにこにこしているだけで何も言ってこない。 「奥案内しますね。キイト、ここお願い」 「りょーかいっス!」 持っていた伝票をキイトへ預けるとシキさんと一緒にスタッフオンリーのプレートの掛かった扉を開けた。 ルームへ案内するといつも通りキープのボトルを持ってくる。グラスにお酒をついでいると顔を上げずにシキさんが尋ねてきた。 「元気かー?」 「……相変わらずですよ」 「そうかそうか」 彼のことだからさっきの反応で既に渡した物を使う事態になったことは察しただろう。 それでも何も言われないことにほっとする。 こちらには勝手にリョクとの関係を暴いてしまった負い目もあるのだ。正直これ以上気まずくなりたくない。 まぁ、それはアツシのせいではないのだけれど。 そのうちロイさんがやってきたので改めてシキさんに向き直った。 「今日はどうします?」 「んー、今日はいいや。またなんか欲しくなったら呼ぶわー」 いつもキープとは別にお酒を頼むので尋ねると思案顔をした後にそう言ってにんまりと笑った。 つまり今日は聞かせられない話をするらしい。 リョクを連れてこなかったのでそうかなと薄々思ってはいた。 「そうですか。では、また何かあったら呼んでください」 それだけ言い残すとアツシは大人しく戻ることにしてルームを後にした。 その後は特に何事もなく黙々と仕事をこなしていたのだが、内線のコール音につられて電話の方に意識が持っていかれる。 視界の端ではキイトが電話に向かって手を伸ばしているのが見えた。 「アッシュさん、ルームに呼び出しっス」 キイトがこちらを振り返る。突然の呼び出しに思わずテーブルを拭く手が止まる。 まだ離席してから30分も経っていない。帰るには随分と早い。何かあったのだろうかと若干不安になりつつもルームへと戻ることにした。 「失礼します」 「お、来たきた」 扉を開けると、気がついたシキさんにおいでおいでと手招きされる。 こんなにこやかに手招きされると何だか警戒してしまう。一体何事だろうかと恐る恐る近寄るが当のシキさんはニヤニヤするだけで何も言わない。 「何ですか……?」 「いやー、ロイがアッシュに話があるんだとさ」 ロイさんが? 改まってそんなこと言われるようなことがあっただろうか。思わず疑問符を浮かべているとそれまで黙っていたロイさんが口を開いた。 「…………最近君が他のヤツと仲良くしてるのが気に食わない」 「……へ?!」 素直に驚いた。というかそういう話だとは微塵も思っていなかったのでまさかの自体に動揺が隠せない。 ロイさんはというと、納得いかなそうな、不貞腐れた様な少し唇を尖らせたようにも見える表情でこちらを見つめていた。 ちょっと可愛い。いやそれよりもそれって、 ――ヤキモチってこと?

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