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第92話
「今日、家においで」
「あの……今日は……ン、」
「なぁに?」
「……いえ、い……きます」
あれからというもの、ロイさんは何かと理由をつけてはアツシを呼び出している。
それ自体は前と変わらない。変わったことといえば少しでも断ろうとするとスリ、とピアスの付いた耳を撫でてくるのが癖になったことだろうか。
それが何だか恥ずかしくてもだもだしているうちに顔を覗き込まれるとつい絆されてしまう。
こくりと頷くと嬉しそうに笑うのだから堪らない。
今日も結局約束を取り付けられてしまった。
これは、ロイさんにもその気があると思っても良いんだろうか。
不安で悩むくらいならば告白してハッキリさせてしまえばいいと思うのになかなか上手くいかない。
あの時のリュウさんとのキスシーンを思い出しては喉まで出かかった言葉が掻き消えるのだ。
嫌な思いをするくらいならずっと、このままでいたい。
それではダメだと思うのにズルズルと続けているアツシは完全に告白所を見失っていた。
リュウさんに呼ばれたのはそんな日のことである。
お店ですれ違い様にそっと渡された小さなメモ紙にはどうしても2人で話がしたい旨が書かれていた。
一緒に書かれている場所はアツシもよく知っている小さな公園の名前だ。
改まって呼び出されるのは何だか怖いが、ある意味チャンスかもしれないとも思う。
ロイさん本人に聞けないなら、リュウさんに聞くのもありかも……。
指定は明日の夕方だ。
ドキドキしながらもアツシは翌日、指定の場所へといってみることにした。
少しだけ迷ったものの、リュウさんに呼び出されたことだけはチャットでリョクへ伝えた。
止められると思ったので、場所も時間帯も教えていない。
何度も止める文が来ていたが敢えて無視した。
指定の日、指定の場所へ来たのいいものの、肝心のリュウさんの姿が見つからない。
小さな公園内にはいつくかの遊具と砂場、それからポツンと佇む時計とベンチがあるだけだった。
人気もあまりなく、アツシ以外には二人の小さな子供が遊具で遊んでいるだけだった。
ひとまず立っているのも落ち着かなくてベンチに座って待つことにする。
なんとはなしに遊ぶ子供たちを見ながらぼんやりしているうちに約束の時間はどんどん過ぎていく。
そのうち子供達もそれぞれの家へと帰りだし、公園にはアツシ1人きりになってしまった。
公園に設置された時計を見やればもう30分以上経っている。
「もう、帰ろうかな」
リュウさんも忙しい人みたいなので、もしかしたら急な仕事でも入ったのかもしれない。
そんな風に自分を納得させて帰ろうかとした頃、突然後ろから手が伸びてきた。
「……っ、!!」
あ、と思う時にはガーゼのような、ハンカチの様なものを押し当てられて何かを嗅がされている。
独特の薬臭さであまり良くないものだと分かり咄嗟に息を止めるが相手の力が強くて顔から離すことが出来ない。
そのまま藻掻くうちに息が続かなくなり匂いを嗅げば、そのうち視界がぐわんと回り出す。
――あ、ダメかも……。
苦しくて思わず膝を着く。
近くで車が止まる音を聞きながらアツシの意識は暗転していった――。
次に目を覚ました時には知らない部屋の天井が広がっていた。
むき出しのコンクリートが不安を煽る。
ゴツゴツとしたものが背中に当たって痛い。
「っ、うー……」
お世辞にも寝心地のいいベッドとは言えないところに寝かされているのが分かって慌てて起きようとするが目眩がして上手く起き上がれない。
あの時嗅がされた薬のせいだろうか。鼻の奥にツンとした痛みを感じる。何だか頭も痛い。
仕方なくゆっくりと辺りを見回すと薄暗い瓦礫の山が視界に入った。
どうやら工事途中になった廃墟のような所にいるらしい。
こんな所近くにあっただろうか。
薄暗い部屋の外は茜色に染まっていてあまり時間が経っていないことが分かる。
窓自体は割としっかり出来上がっているらしく部屋の中の空気は循環しないのか少し埃っぽい。
寝転がっているから余計だろう。
口の中まで埃臭くて少しむせた。
ぼんやりする視界の中、ふとリュウさんの姿が目に飛び込んでくる。至近距離にいたのに気づき思わず肩が跳ねたが上手く身体が動かせなかった。
椅子に座ったリュウさんは前傾になり膝に肘をつくと冷ややかな視線でこちらを見下ろしている。
つい、と視線がかち合うがリュウさんは何も言わない。
それどころか、無感情な目でひたすらにアツシを見つめてくる。
それが異様に怖い。
どうしてここにいるのかとか、さっきのはリュウさんの仕業だったのかとか聞きたいことが沢山あったけれど言葉が喉の奥で消える。
それでも何とか口を開こうと生唾を飲み込むと、それまで無言でいたリュウさんが話し始めた。
「良いざまですね灰谷アツシ」
「なんで……」
リュウさんに名前を教えた覚えもなければ職場で自分から言った覚えもない。
思わず目を見開くと鼻で笑われた。
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