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第93話
「そのくらいすぐ分かりますよ。ましてや貴方はすぐ近くに住んでるんですから」
つまり家もバレているのだと暗に言われてると分かり余計に身体が強ばる。
リュウさんの方はそんなことなどお構い無しに話を続けた。
「あんまり接触するとロイさんが嫌がるから我慢してましたけど……そんなことも言っていられなくなりました。率直に言います。貴方、邪魔なんですよね」
「邪魔って……」
分かっていた事だが、ハッキリとした物言いに少々たじろいだ。リュウさんの方は相変わらず無表情のまま眉ひとつ動かさないで淡々と話しかけてくる。
「俺はずっとあの人のこと追いかけてきたのに……なんで今更貴方が出て来るんですか」
やっぱりリュウさんもロイさんが好きなんだと再確認すると同時に、これって凄く危ない状況なんじゃないかと今更ながら自覚する。
慌てて起き上がろうとすると途端にアルファの圧が身体にのしかかった。
「……っぅ、」
ぐん、と重力が増したような感覚に陥り再び床と接触する。
ロイさん程強力なものでは無いが薬で身体が重いせいでなかなか起き上がれない。
藻掻くアツシを見下ろしながらゆっくりとリュウさんがこちらへと近づいてくる。
「ロイさんもなんで貴方みたいなのを気に掛けるんですかね」
「え……」
「なんだ、気づいてないんですか」
ちょっかいを出されている今の状況のことならば自覚している。しかしリュウさんの言い方にはもっと含みを感じる。
リュウさんは倒れ込んだまま横向きのアツシに跨ると上半身は無理無理仰向けに押さえつける。
「い……ったい、」
のしかかられてお腹も苦しいが何より肩が痛い。
押さえつける腕を引き剥がそうとするが力が入らないせいで上手くいかない。
至近距離で見るリュウさんの顔はやはり整っていて、恐ろしい程綺麗だった。だからこそ余計に恐怖心を掻き立てられる。
「あれだけ構われていて気づかないんなんて……ホント、そういう所が嫌いなんですよ」
鋭く睨まれるとフェロモンの圧も同時に強くなって動けない。耳の裏からどくどくと自分の心音が聞こえてきた。
あまりにも強い眼差しに視線を逸らす事も出来なくてただただリュウさんの顔を見つめ返す。
この人が自分を嫌っているのなど初めて出会った時から知っていた。
いつもロイさんにしか興味はなくて、ただただロイさんに会う為だけに店へと通っているような人だ。
見つめているとふいに唇へと触れられる。
そのまま柔らかな部分へ遠慮なしに爪を立てられ肩が跳ねた。
「い……っ、」
「なんで貴方ばっかりあの人に見てもらえるんですか。俺が、どれだけ追いかけたって見て貰えないのに……なんで貴方ばっかり」
噛み付くようにキスされる。
入り込んできた舌に驚いて暴れると途端に圧を強くされた。あまりにも遠慮のないフェロモン量に動けなくなる。
「ぐ、ぅ……っ、」
――苦しい。
肺が押しつぶされそうな圧迫感と共にじわじわと嫌な熱感が体の奥から燻ってくる。
それでも抵抗しようとイヤイヤ首を振ると舌を容赦なく噛まれた。
ブツンと嫌な音がした瞬間、口いっぱいに鉄の味が広がる。経験したことの無い痛みに喉の奥からひゅ、と嫌な音が鳴った。
「ゔぁ……っ、」
「勘違いしないでくださいね。別に貴方のことは好きでもなんでもないですよ」
動かないながらも手を必死に伸ばし、両手で口を押える。ペロリと口の端についたアツシの血を舐めながらリュウさんは淡々と言う。
無理やり馬乗りになると肌蹴られロイさんが付けた痕を指でそっとなぞられた。
先程とは打って変わって静かな動きが逆に怖い。
逃げようにも腰元へがっちりのしかかられていて動けなかった。
「貴方に消えてって言ったところでロイさんは貴方を追い掛けるでしょう。それならいっそ貴方を俺の番にすればいいかと思って」
目の奥には鈍い光が見える気がする。彼は本気だ。
というかこの状況が嘘かどうかを物語っている。
ズキズキする舌を無視してアツシは口を開いた。
「なんでおれ……?ろいさんが好きなんじゃ――」
「なんで――?」
ピクリ、とそれまで無感情だった視線が動いた。
リュウさんの声が初めて感情で震える。
「あなたがそれを言うんですか?あぁもう、本当に腹が立つ。……見込みなんてないのにどうしろって言うんですか?」
眼差しは厳しいままなのに目の奥が揺れているのが見えた。それが怒りなのかはたまた憎悪なのか――そこまで理解することは叶わなかった。
しかし予想外の言葉にアツシは動揺してリュウさんを見つめる。
「見込みって……だってリュウさん、ロイさんと……」
この前リュウさんはロイさんとキスしていたはずだ。2人はそういう仲では無いのか。
いや、そういう仲だからこそアツシが邪魔だと言っているのだろうか。
「……あなたの寝ぼけ具合もなかなかのものですね。それともただの嫌味ですか?」
「え……?」
リュウさんの言葉に混乱したアツシはあまり働かない頭で必死に言われた意味を考えるがやはりよく分からなかった。
「何でロイさんは貴方みたいなのが良いんですかね。分かりかねます。オドオドして、それでいてすぐ泣く」
話しながら、リュウさんはアツシの目じりに溜まった涙を親指の腹で拭う。
一体何の話をしているのだろうか。
「泣いて何でも解決するんですから良いじゃないですか。あの金髪のスタッフもそうやって落としたんですか?」
「何言って……」
「守ってもらえていいですね、お姫様」
もしかして、あの時――キイトに助けられた時のことを言っているんだろうか。
脳裏にアツシを無理やり押さえつける男が蘇る。
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