94 / 106

第94話

「なんで……リュウさんがそれを知ってるんですか」 ドクドクと嫌な心音が聞こえる。 こんな特殊な状況下だからだろうか、それともフェロモンに当てられたからだろうか、舌の痛みは熱さに変わった。 背中が震える。 あの時の男に向けられたものと同じ――人の悪意の気配がする。それが自分に向けられているとわかって尚のこと手が震えた。 「勿論、俺が仕向けたからに決まってるじゃないですか」 「――っ、」 にっこりと、これまでと同じくリュウさんは人当たりの良いにこやかな笑みを浮かべる。 それがとてつもなく怖かった。 「あのスタッフの邪魔が入らなければ完璧だったんですけどね」 本当に余計なことをしてくれた、と愚痴をこぼす表情は暗い。その落差に思考がついていけない。 「俺のことが嫌いなんですか」 「っ、あははは!!」 おかしくて仕方ないと言うようにリュウさんはお腹を抱えて笑い出す。 「好かれると思います?というかこの状況みれば嫌でも分かるでしょ」 「何でですか……。確かに、俺はロイさんのこと好きになりました。けど、ロイさんは貴方のことが……」 「またそれですか。拘りますね」 「だって、ルームで……キスしてたでしょう」 気の所為なんかじゃない筈だ。だってあの時リュウさん自身と視線が合ったのだから。 アツシが黙りこくると結局それに答えをくれたのはリュウさんだった。 「……あれは俺がお願いしたんです。貴方に悪戯しようとした男を探すご褒美でね」 「え……」 「まさか送り込んだ張本人に頼んだとはロイさんも気づいてなかったみたいですけど」 「じゃあ、あのキスって……」 俺の為――? 「……本当にして貰えるなんて思って無かった。ロイさんはそんな交渉に乗るような人じゃなかったから」 なんで?自分から願ってキスしてもらったのにまるでとても傷ついたような、苦しげな表情でリュウさんは言葉を絞り出す。 「ずっとあの人だけを見てきました。誰にでも笑いかけて、だけど決して本音は見せない。そんなあの人に凄く惹かれた。ただ唯一の人になりたかった」 とても悲しげに呟くリュウさんから目が離せなくなる。 まるで恋を自覚したばかりの頃の自分を見ているような心苦しさを感じるのに、何かが決定的に違う。 その何かが分からず違和感に戸惑った。 その間にもリュウさんの話は続く。 「恋愛になんかひとつも興味のない人だったから……仕方ないと思いましたよ。だから身体だけで我慢したんです。なのに――」 リュウさんの語尾が強くなると同時に、ほの暗い表情は強くなっていく。 「貴方には最初から違った。自分からやたらと構いに行ったり一から仕事を教えたりして……。休みの日にまで呼び出して」 「……!」 アツシの日常は学校に行ってるか否かだけで、高校の時からそう変わらない。 気まぐれに教えられては上手く出来ず怒られる。唐突に呼び出されては付き合わされる。 こんな性格なので単に都合がいいのだと思っていたし、嫌われてはいないだろうが良い意味で特別扱いだとは思っていなかった。 それが、まさか自分にだけ与えられた物だなんて――この人から羨まれるものだなんて思ってもみなかった。 ――だってアツシはリュウさんが羨ましかったのだ。 ロイさんは決してアツシに何か相談事を持ち込んだりしない。相談するのは決まってシキさんかリュウさんだった。 さっきの話だってそうだ。 人探しの為とはいえロイさんが選んだのはリュウさんだった。 あの人に頼られるリュウさんがアツシは心の底から羨ましかった。 お互い相手に焦がれていたなんて思いもせず。 「俺はあの人の役に立ちたくてずっと努力してきたんだ。ずっと、あの人のそばに居たかった……だから耐えられた。貴方がロイさんを好きにさえならなければ。ロイさんが自分の気持ちに気づきさえしなければ」 だけどもアツシは自分の中で燻っていた恋心に気づいてしまった。 「貴方も大概だがロイさんも自分のことはさっぱりなんですよ。恐ろしい程人の機敏にはよく気づきますけどね。なんでだか分かりますか」 何かを話す前にずいっと顔を寄せられる。 「人に興味が無いからです。自分を含めてね。人なんてただの道具としか思ってない」 アツシもそう思おうとしたことがあるからリュウさんの言いたいことは分かる。 人で遊んでるだけなんだと泣いたことがある。 怖かったのだ。拒絶されるのが怖くてロイさん自身を見てこなかった。 「そんな冷たいところが好きだった。笑顔の裏でいつも冷ややかな顔をしている無感情な彼が好きだったんです」 違う。今ようやく、はっきりと分かった。 ロイさんは――、

ともだちにシェアしよう!