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第96話
独特な消毒液の香りで意識が浮上する。
目を覚ますと真っ白な天井が目に入った。
ぼんやりとその白を見上げていると、遮るようにしてリョクが顔を出す。
「大丈夫ですか?」
柔らかな布団の重みを自覚してようやくベッドへ寝かされているらしいことに気がついた。
頭が混乱しているのか、あまり上手く思い出せない。
確かリュウさんに呼び出されてそれから――。
「リョク……なんで」
あの場所が分かったのだろうか。
詳しくは分からないが今まで行ったことのない場所だった。送った文面にも場所が分かるようなことは書いていない。
「貴方が無茶しようとするから兎に角話を聞こうと思って、仕事帰りにアツシの家へ行こうとしてたんですよ。そしたら、どこかへ向かうリュウさんを見かけたんで追い掛けたんです」
シキさん達を呼んだのは僕です、と続けた。
「昔から言ってますけどね!1人で無茶しないでください !!」
「ごめんなさい……」
「……はぁ。こっちこそ、遅くなってすみません。途中で巻かれてしまって探すのに手間取りました」
アツシはゆるゆると首を横に振る。
それでも追いかけてきてくれたのだ。リョクが来てくれなかったらどうなっていたか。
想像するだけでゾッとする。
「ありがと……う」
「とりあえず先生を呼びますね」
コクリと頷くと、リョクはすぐそばにあるナースコールを押した。
間もなくして来てくれたのは最近すっかりかかりつけになった先生だった。
検査結果の用紙を渡され、薬を嗅がされているので念の為検査したが特に問題ないこと、数値が高いのはヒートが近いからだと説明される。
「とはいえ、無理は禁物ですよ。これ以上無理なヒートが起きると毒だ」
「気をつけます……」
先生からのお小言もしっかり頂き、アツシはそのまま1日入院するらしいことを聞かされた。
正直身体がしんどいのでそれは有難い。
お大事に、と伝えると先生は部屋を出ていった。
「じゃあ、僕も少し電話してきます」
「ん、分かった」
部屋を出ていくリョクの後ろ姿を見送ると、アツシは息を吐き出した。
何だかとんでもない事になってしまったが、あのあとどうなったのだろうか。
リョクが戻ってきたら聞いてみようと思っていると、再び扉が開いた。戻ってくるのが随分と早い。
何か忘れものでもしたのだろうかと顔を上げると、そこにいたのはロイさんだった。
「ロイさ……」
驚いて名前を呼ぼうとするが、その前に部屋の中へ飛び込んできたロイさんに抱き締められる。
「……へ?!」
突然のことに驚いて思わず固まる。
ここまで走ってきたのか、ロイさんの身体は熱かった。呼吸も荒い。こんなロイさんを見たことがなくてアツシはぎょっとしてロイさんの背中をさすった。
それすらも阻むようにしてがっちりホールドされ何度も髪に顔を埋められる。
「ちょ……っと、ロイさん……っ」
は、恥ずかしい……!
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて頬も首も熱くなっていく。
慌てて押し返すけれど全くもって歯が立たなかった。
仕方が無いので暫くされるがままになっていると、ようやく肩の力が抜けてくる。
「ごめん……怪我は?」
「だ、大丈夫です」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて心臓の方が持たなくなりそうですが、とは言えないのでコクコクと頷いて見せた。
きっと心配をしてくれたんだろう。
「あ、の……」
あの時助けに来てくれたお礼を言おうと顔を上げると、頬に手を添えられる。不意に真剣な眼差しに射抜かれた。
「君が好きだよ」
「…………っ、」
突然のことに思考が停止する。
言われたことは聞き取れたのに、予想外な言葉故に理解するのに時間がかかった。
――すき?好きって、言った?
理解した途端、落ち着きかけていた心臓が途端に苦しくなる。
「怖い思いさせてごめん。イーミンと番になるかもしれないと思ったら……凄く、嫌だった」
抱きしめる力が強くなった。
本当は聞きたいことが沢山あるのに、涙が込み上げてきて何も言えなくなる。
グズグズと鼻を鳴らすと頬を手で包み込むようにして涙を拭われた。
「気づくのが遅くなってごめん。アツシ、君が好き。君と番になりたい」
名前を呼ばれて心臓が壊れたみたいにバクバク鳴り続ける。
言葉にしようと思うのに思考回路が上手く働かずパクパクと口を開くだけになった。
「……考えておいて」
嬉しくて声が出ない。
コクコクと何度も頷くと分かってくれたのか、そっと頬を撫でられた。
いつの間にか戻ってきたらしいリョクが、後ろでガッツポーズをとっているのが見える。
「今はゆっくり休んで。話はまた今度」
ようやく離れたと思いきや、今度は額に唇を寄せられる。
キャパオーバーし過ぎてどうにかなってしまいそうだ。
すんすん鼻を鳴らすとクスリと笑われる。
「まだやることがあるから。あとお願いするね」
「勿論」
最後は後ろにいるリョクへ投げかけたらしい。
それだけ言い残すとロイさんは部屋を出ていった。
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