97 / 106

第97話

涙を拭うアツシにリョクはハンカチを差し出す。 「良かったですね。おめでとうアツシ」 「ありがとうリョク……」 「どういたしまして」 あれだけロイさんに怒っていたのだから色々言いたいことがあるだろうに、何も言わずに祝ってくれるリョクの優しさが嬉しい。 やっと気持ちが通じた。 喜ぶのもつかの間、ロイさんと入れ違うようにして今度はタイガとユキオが飛び込んでくる。 「アツシ……っ!!」 「ゆきお……?!」 鼻をかもうとティッシュを鼻に当てたまま、ユキオにぎゅうぎゅうと抱き締められる。急なことなので手を下ろせなかった。 「心配した……っ!なんで1人で行ったの!」 「ご、ごめんね」 声はぶっきらぼうだがユキオの肩が震えている気がして落ち着かせるように背中を撫でる。 多分だけれどリョクが電話で呼んだのだろう。 「良かった……ホントに……」 「心配させてごめん」 ぽすぽすと軽く肩を叩きながら宥めているとタイガの影が差す。見上げると目が合ってほっとした様な表情をされた。 「タイガもありがとう」 礼を言うとぐしゃぐしゃと掻き回すように頭を撫でられる。言いたいことがあるのだろうが、こちらを気遣ってくれたのか曖昧に笑われただけだった。 「……ったく、ほんっとに心配したんだからな」 「ごめん」 「もう大丈夫なのか?」 「うん」 「本当かよ」 疑わしそうな声を出すタイガ。それにユキオが頷いた。 「お医者さんは問題ないって言ってましたよ」 あまりにも心配する2人が可哀想になったのか、後ろからリョクが助け舟を出す。 アツシの言うことには懐疑的だったにも関わらず、リョクの一声では納得したようである。 少々腑に落ちないが、黙って言った手前何も言えない。 「これからはもっと気をつけてくれよ。俺らの心臓が止まっちまうから!」 「うん、気をつけます」 その後暫く話をすると、2人は身体に障るからと早々に帰っていったのだった。 代わる代わるの来訪が落ち着くと急に眠気が襲ってくる。 「疲れたんですよ。今日はゆっくり寝てください」 「うん……リョク……ありがとう」 「いいんですよ。おやすみなさいアツシ」 おやすみ、と言ったつもりだったけれどもごもごと口元が動いただけで言葉になることは無かった。 翌日にはヒート以外の数値も安定して異常がないということで退院になった。 リョクは仕事が抜けられないとのことで、迎えにはタイガとユキオ、それからロイさんが来てくれた。 ロイさんの頬には湿布が貼ってあって明らかに殴られたような様子にぎょっとする。 「ちょ、ロイさんそれ……っ!!」 思わず駆け寄って頬に触れるとニコリと笑われた。 「大丈夫。何でもないよ」 いやいや大丈夫なものか。 頬がまだ熱いので昨日のことでは無さそうだ。というか、見た目を気にするロイさんのことだ。昨日のことならば全力で治しにかかるに違いない。 そんな暇もなかったということは――。 思わずユキオ達の方を見るとユキオがふいと視線を逸らした。後ろでタイガが苦笑している。 それだけで何が起きたのか何となく理解してしまい、申し訳ない気持ちになった。 「ご、ごめんなさい……」 多分アツシのことで揉めてカッとなったユキオが殴ったのだ。湿布はこうなる事を予想したタイガが持ってきてくれたのだろう。 それでも止めないあたり、タイガも怒っているようだが。 しかしアツシがほいほいついて行った結果なのでどうにも申し訳なく思ってしまう。 「大丈夫だから。それより、……少し話そうか」 気になって眉根を下げるアツシの手を引く。 せっかく来てくれたのにこのまま2人で居なくなるのは不味いだろう。 止められるかなと思いチラリと2人を見やったが、ユキオやタイガは何も言わない。ユキオに関しては相変わらず不貞腐れたような表情をしているが、タイガは行ってこいというようにヒラヒラと手を振った。 アツシの知らないところでもう話は通してあったらしい。 「ユキオ、タイガ……ありがとう」 「また遊びに行くからな」 「うん」 始終そっぽを向いてはいるが、何も言わないのはユキオなりの優しさだ。でなければ全力で引き止めにかかっていただろうから。 それに感謝しつつ、アツシはロイさんに連れられて病院を後にした。

ともだちにシェアしよう!