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第98話
そのままタクシーに乗せられ、着いた先は見慣れたロイさんのマンションだった。
部屋に入ってすぐソファに通される。
「座ってて」
「でも……」
いつもは自分がいれるからと思い立ち上がると手で制された。いいから、と言われて渋々座り直す。
何だか今までと対応が違ってそわそわしてしまう。
ロイさんは戻ってくるとグラスを手渡してそのまま隣に座った。
「舌も怪我してるし、冷たいヤツね」
「あ、ありがとうございます」
ロイさんの言う通り、手渡されたのはひんやりとした少し甘めの紅茶だった。普段は常備してない筈なのに買ってきたんだろうか。
何だかむず痒いような恥ずかしいような気持ちが取れなくて、ロイさんの言葉を待たずに自分から口を開く。
「あの、リュウさんは……」
色々聞きたいことはあるが、正直あの後どうなったのか心配だった。
シキさんが一緒なので無茶はしていないとは思うのだが。
それに対してロイさんは困ったような顔をする。
「ちょっと話をしただけだよ。……悪いのは僕だからね。彼が僕に好意を持っているのは知ってたし、それを利用してきたつもりもある。だからこれは、僕のせい」
ひとまず無事と分かってホッとする。
リュウさんにされたことはショックだったが、自分と同じ部分を垣間見てしまった為にどうも割り切ることが出来なかった。
もしそんなことを言えばリュウさんには偽善だと笑われるのだろうけれど。
「……本当は、もっと早くはっきりしておくべきだったんだ。彼にも悪い事をした。けど、君に手を上げたのは許せなかった。自分が悪いのにね。手遅れにならなくて良かった」
怖い思いをさせてごめん、とロイさんはアツシに向き直る。
別にロイさん自身を責めるつもりもない。
大体、ロイさんを責められるほど自分もしっかりした人間でもない。ギリギリまで告白もせずウジウジしていなければ状況は変わっていたのかもしれないのだから。
その上、アツシが聞くのを一番恐れていたリュウさんへキスをしていた理由も自分の為だと分かった。
「いえ、大丈夫でしたから。助けに来てくれてありがとうございました」
アツシが頭を下げるとロイさんは首を横に振る。
「…………誤魔化してもいずれ分かる事だと思うから言うけど。彼とはずっとセフレっていうか、そういう間柄だった」
……やっぱり。
それは予想していた言葉だ。
というかあんなに親密にしていて何も無いわけはないと思っていた。
ロイさんがモテるのは昔から知っていたし、遊んでいるのは何となくだけれど分かっていた。
恋人でもないのに人様の情事についてどうこう言えるわけなんてない。
けれど、ハッキリと今教えてくれるのはロイさんなりの誠意の証だ。
「こ、恋人では……ないんですか?」
「幻滅されるかもしれないけどさ、ずっと遊んでばかりいたからそういう間柄に興味がなかったんだよね」
セフレという言葉に心が痛くないといえば嘘になる。それでも、恋人ではなかったんだとホッとする自分がいるのも事実だった。
「最初はさ、単に好奇心が湧いて手を出したようなものだったんだけど……」
言い淀んでからかちりと視線が合う。
何だか時が止まったような、そんな錯覚を覚えて視線が離せなかった。
「君が、他の人といるのが気に入らなかった。ずっとこっちを見てればいいのにって思ってた」
「それなら、なんで……」
なんで言ってくれなかったんだ、と言いかけて自分だって言っていないことに気づいて言葉が途切れる。
理由は違うが自分だってロイさんとちゃんと向き合ってこなかったのだ。
ロイさんは言いにくいのか、暫く悩むように眉間へシワを寄せていたが、意を決したように話し出す。
「……正直、恋愛なんてして来なかったからその気持ちがどういう意味を持つのかなんて知らないし考えたことも無かったし……」
つまり、ロイさんは恋したことがないからその気持ちに気づかなかったってこと?
じゃあ、ロイさんは自覚しないままアツシに手を出してあまつさえ嫉妬して怒ることもあったと?
それって――。
「……引いたでしょ?」
「いえ、引いてはいませんが……」
どうしよう。
普通なら有り得ないっていうところなのかもしれないが、むしろ何だか――。
「可愛いかな、とは思います」
「…………は?」
ぽかんとした顔でロイさんがこちらを見つめる。
あ、それも可愛いなと思う辺り自分は末期なのかもしれない。
体調を崩した時もそうだったが、ロイさんは時折頼り方を知らない子供のように見えてしまう。
普段は仕事も完璧だしコミュニケーション能力もばっちりだ。顔も良けければ要領もいいので他人にこの人は完璧なんじゃないかと思わせる。
なのに、ふとした時に可愛い人だなと思う瞬間がある。
それが、堪らなく好きなんだと気づいてしまった。
この人が弱音を吐ける居場所になりたいと思ってしまった。
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