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第101話

「俺はロイさんのそばを離れる気は無いです。けど、かと言ってリュウさんをロイさんから遠ざけたりもしません」 「前者は分かりますが後者についてはまるで分かりません。本当に理解し難い人だ。自分にとって害ある人間をそのままにしておくなんてなんの利益もないでしょうに」 別にアツシにとって有益かどうかで判断しているわけじゃないのだ。 ただ、アツシがタイガやユキオやリョクを大切にするようにロイさんにはロイさんの交流関係がある。 それを勝手に壊したくないだけだ。 大体、こう言ってはなんだがロイさんが一定以上自分のテリトリーに入れる人間というのはとても少ない。 シキさんにリュウさん、それと担当医であるクマ先生もある意味含まれるだろう。そしてあまり自覚はなかったが多分、アツシもそこに入っている。 マキさんやシマさんにすら入れたがらないのだ。 それだけリュウさんはアツシとはまた違った意味で特別な存在ということなのだろう。 だからお人好しと言われようとも、ロイさんにとって大切な存在をアツシは自分勝手に遠ざけたりしたくない。 勿論、嫉妬は存分にするのだろうけれど。 それを掻い摘んで説明するとリュウさんは瀬々笑った。 「それはお優しい。……そんなことしてると今に付け込まれますよ」 「わざわざ謝りに来たり忠告したりしているのにですか?」 「減らず口をたたかないでください」 そうは言ってもつい言いたくもなるだろう。 さっきからリュウさんの言い分は一貫してここは自分を追い出すべきだろうと言っているのだ。 自分ならそうすると言いたいのかもしれないが、それにしては随分とそのことに執着をみせる。 まるで自分をロイさんから遠ざけてもらいたいと言っているようだ。 たとえそうだとしても、アツシはリュウさんの望んでいる言葉を言うつもりは無い。 アツシがそうだったように、それはリュウさん自身が決めなければならない。 自分の行く末を決めるのはいつだって自分なのだから。 「…………それだけ宣うのなら、これからさぞやロイさんに尽くしてくれるのでしょうね」 「それは勿論」 「……だったら、先ずはその向こう見ずなところをどうにかすることです」 確かにそれはそうだろう。 アツシがロイさんを大切に思うように、ロイさんもまたアツシを思ってくれているのだ。 自分の身を守れない今のままでは確実にロイさんにとってアツシは負担になる。 「リュウさんの言いたいことも分かります。危機管理能力のなさとか……」 これは昔から散々多方面から言われている事だ。アツシは昔から何処か間が抜けているというかなんというか。 兎に角危なっかしいとはリョクの談である。 今回の場合だってリョクや周りにちゃんと言うべきだったし、そもそも行くべきじゃなかった。 そこはアツシの反省すべきことである。 「まずはそこから変えていきます……。ほ、他のことに関してはもう少し、待ってもらえると……」 つい思わず言葉じりが小さくなっていく。 それを冷めた表情で見ていたリュウさんだったがふい、と視線を外すと向きを変えた。 「ならしっかりしてください。あと、」 きっ、と睨みつけられて思わず肩が跳ねる。ずいっと顔を寄せられて足が無意識に一歩後ろへと下がった。 「そのオドオドした態度!それも早急にどうにかしてください。もう少し堂々としたらどうですか!」 「ひえ……っ、」 胸元に指を突きつけられ思わず上擦った声が漏れ出る。 何度も言うようだが美形が怒ると怖いのだ。 「ロイさんをかっさらっておいて、そんなにおどおどされたんじゃ私の立場がないでしょう……!」 「はい……っ、」 ひとまず言いたいことを言い切ったのか、リュウさんは肩で大きく息を吐き出す。 多分、最初に言った謝罪も間違っていたと実感したという話も嘘では無いのだろう。 だから今、リュウさんなりにケジメをつけようとしてくれている。 「次来る時までにはお願いしますよ」 「……はい!」 悲しげながらもその表情が何処かスッキリとしたものに見えたのはアツシの気の所為だったのかどうか。 リュウさんはすぐに後ろを向いてしまったのでそれを確かめる術はなかった。 遠くなっていく後ろ姿を見守っていると、1台の車が路肩に停止する。車から出てきたのは背の高い黒い服の男性だった。歳はロイさんよりも上に見えるが、遠目なのでよく分からない。 タイガにも似たしっかりとした体格のその人は、後ろのドアを開けながらもリュウさんといくつか言葉を交わす。 ――と思ったら、何故かこちらに向けて軽く会釈をしてきた。 慌てて会釈を返す頃には既にリュウさんは車に乗り込んでいて、名前も知らない彼だけが見届けると車へと戻って行った。 何だったんだろう。 あっという間に去っていく車を見送る形となったアツシはぽかんと口を開く。 けれど確かリュウさんも大きな会社で働いていると聞いているので、もしかしたらアツシか思っている以上に地位の高い人なのかもしれない。 忙しい中、リュウさんは合間を縫ってロイさんへと会いに来る。 リュウさんだけでは無い。ロイさんの周りはロイさんを一番に慕っている人達が集まっているのだ。 だからこそ、そんな人達にも認めてもらいたい。 ロイさんの負担になるだけの自分は嫌だ。 勿論、ロイさんの恋人になれたことは嬉しい。 だけどそれだけじゃなくて、自分を守るためにもこれから成長してロイさんの負担を減らしたい。 自分も、リュウさんのようにロイさんから頼られる存在になりたい。 その為にも、出来ることからやっていこう。 自分を鼓舞するようにアツシは持っていたボードを握りしめた。

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